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「破損HDDからデータを回収」オントラックデータ復旧ラボ見学記

空中分解したスペースシャトルのHDDデータも復元

 2003年2月1日、世界に衝撃的なTV映像が流れた。スペースシャトル「コロンビア」が地球への帰還に際し、大気圏突入後に空中分解、乗員7名が犠牲になったのである。この悲惨な映像はいまでも人々の目に焼き付いている。実は、NASAではこのコロンビアから焼け焦げ破損したHDDを回収し、データ復旧会社である米Kroll Ontrack(以下、オントラック)に持ち込んだ。そして記録されていた液体キセノン特性に関する科学実験データを99%引き出すことに成功した、という驚くべき事実が2008年5月、CNNから報道されたのである。

 実はこのHDD、破損や欠落部分はあったものの、それらはデータが記録されていない部分であり、かつOSもDOSだったため、データはディスク上に分散記録しない方法であった、という幸運もあった。その後、薬品洗浄して新しい駆動装置に移してデータを引き出したそうだ。

 このオントラックのデータ復旧ソリューション、日本ではいま株式会社ワイ・イー・データが取り扱っている。その秘密を同社ラボ(埼玉県入間市)に取材した。


かつてのHDD事業取り組みノウハウを生かす

ワイ・イー・データ本社にオントラック事業部のデータ復旧ラボがある
 HDDに代表されるメモリ関連の障害は意外に多い。企業ではバックアップで対応しているが、それでもこの種の障害は後を絶たず、データ復旧を行うワイ・イー・データのオントラック事業部には数多く持ち込まれる。

 この種の障害は論理障害および物理障害に二分されるが、前者はソフトウェアによるデータ復旧の可能性があるので、ユーザー自らが対処するケースが比較的多い。だが、後者の場合が厄介で、かなりの実経験が備わっていないと話は容易ではない、という。ワイ・イー・データは日本で初めてFDDを生産、かつて5インチ1.6MBタイプをIBM PC/ATに搭載した話はあまりに有名だ。20年以上も前にはHDD設計・製造をいち早く手がけたが、競合も多く追い風ではなかったので撤退、残った巨大なクリーンルームと技術者のノウハウを今後のビジネスに生かせないものか、と模索し、1995年にオントラックとの技術提携により、データ復旧ビジネスを手がけることとなった。

 こんにち、当時のHDD設計・製造に従事した、まさに知りつくしたメンバーたちがオントラック事業部の大黒柱となっている。オントラックはこの分野において、米国でトップであるが、世界でも20%、日本では50%弱のシェアをもつ。特に金額ベースで60%がx86サーバーにかかわるもので、ユーザー層も80%が企業であり、ビジネスユース面での圧倒的な支持に支えられている。


オントラックの3つの強み

オントラック事業部長の沼田理氏
 オントラックビジネスの強みは主に3つある。オントラック事業部長の沼田理氏は「本社ミネアポリスにデータセンターを擁したオントラックワールドネットワークが、いま日本のビジネスにおける売り。これは、世界のオントラック拠点とネットワーク接続し、復旧技術データベースや部品在庫情報を共有、リアルタイム処理を心がけている」と第一の強みをアピールする。すなわち、ユーザーからすればデータ復旧は急を要する。たとえ最新HDDの場合でも、このネットワークで世界中から関連情報を入手し対応できるのである。また、日本で処理できなければ海外拠点にまわし、結果1~2カ月もかかるのでは無意味だ。これも、不足の必要部品はこのネットワークで全世界のオントラック拠点から適合部品を探し出し即調達し、日本ですべて完結してユーザーに1週間以内に納品する。このように世界中のネットワークをフル活用して信頼性、復旧スピード等において顧客の信頼性獲得に努めているのだ。

 第二が、持ち込まれた故障HDDのデータを読み取る場合、専用サーバーにすべてのデータをイメージファイルの形で吸い上げる方法だ。「一般には故障HDDのデータを読み取り、別のHDDにコピーされることが多い。この場合、例えば0番地から30番地までコピーし続け31番地でエラーが発生したら、その先を読み取ることができない。結果30番地までのデータ復旧にすぎないことになる。ところが、オントラックの専用サーバーによる方法は、31番地でエラーが発生しても、そこを飛ばし32番地からスタートできる。あるいは100番地から逆戻りの読み取りもでき、可能な限り追い込んでいって100番地までクリアできたら31番地のみの欠落ですむ」と沼田氏は復旧可能なデータ量の圧倒的な優位性をアピールする。

 第三が、故障HDDが持ち込まれたら最初に調査を行う点だ。「通常、まず論理・物理の障害判定をし、復旧可否判定やリストもなく復旧費用の見積金額を提示、そこで提示金額をみたユーザーがデータ復旧を依頼すれば作業することが多い。この場合、作業の結果として復旧不能であったり、必要データが存在しない、といったこともありうる。オントラックでは、最初に、復旧可否判定と見積金額を提示する。加えて、障害内容のみでなく仮にヘッド交換が必要な場合、交換後ここまでデータを読める、などといった具体的な確認まで入ったリストを提示する」(沼田氏)という。実際この調査部分は、データ復旧全行程の70%近くになるというが、必要なデータが復旧できないため無料にすることもしばしばという。「無駄な復旧作業をし、無駄なファイルの返却はしたくない」というビジネスの基本理念だ。実は、他社で試みたがダメで同社に持ち込まれるケースもある。その場合すでに手が下されさらに損傷が悪化していることが多い。それでも復旧しうる確率は60%を下らないそうだ。


HDDの中はできれば開けたくない

 ところで、ユーザーから持ち込まれたHDDはどのようにしてデータ復旧を行うのか。まずは電源を入れて音を聞いてみる。コンマ数秒、長くても1~2秒聞くだけでいい。匠(たくみ)の技的技能をもつ熟練者が行うので、この一瞬の“カチャン”という音を聞けばヘッドはどんな挙動を示しているかがわかる、という。というのも、クラッシュでもしていようものなら、その作業中、症状が悪化するから極力短時間でなければならない。復旧作業のすべては、この瞬間が分岐点だ。まるで“聴診器による診断”といえる。

 そこで、比較的軽症であれば、最善の形でイメージファイルとしてデータの吸い上げを行う。ダメならHDDの中を開けて“手術”になるが、これは極力避けたいのだ。HDDの中は、それこそジャンボ機が滑走路上0.5ミリの高さを滑空するに等しく、微小な砂粒一つも許されない。それほどヘッドとディスクの間隔は微妙ということだ。したがって、開ければリスクは増大することになりかねない。だが、開けねばとても無理な場合は、クリーンベンチと呼ぶボックス内で開けて処置し、処置後イメージファイルの吸い上げを行うことになる。


ユーザーから持ち込まれる製品 このように火災にあったものも処置する。コロンビアの場合はもっとひどく、原型をとどめていなかった 持ち込まれたHDDにはバーコードを貼りデータベース管理する

持ち込まれたHDDはまず音を瞬時に聞いてみる。このとき製品を横にしたり傾けたりして聞くこともある 耳で聞いた後、イメージファイルを専用PCから吸い上げる。その際、発熱もあるのでファンで冷却させながら作業を行う

イメージファイル用のサーバー。イメージファイルを吸い上げる専用PCとは、光ファイバーケーブルにより伝送速度1Gbpsで接続されている USBメモリが持ち込まれることもある。これは加熱してLSIチップを外しているところ

クリーンベンチの中でHDDを開ける。音で確かめてやむなく内部処置が必要になった作業だ 中を開けられたHDD。右の白い容器にみえるのが外されたヘッド データ復旧を終え、晴れてユーザーのもとへかえる製品

 いま同社ビジネスは、70%がHDDで、残り30%がUSBやデジカメのSDメモリなど他メモリ媒体という。月ベースで約400件のデータ復旧依頼が寄せられており、データ復旧の費用は、内容にもよるがHDDの場合1件およそ10万円程度から。このプライスにはユーザーからシビアな声もなくはないが、HDD内部のデータがどれほど重要なものかの認識は徐々に浸透しつつあるようだ。名実ともにビジネスの熟成期に入ってきた。



URL
  株式会社ワイ・イー・データ
  http://www.yedata.co.jp/
  オントラック事業部
  http://www.ontrack-japan.com/


( 真実井 宣崇 )
2008/11/05 00:00

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