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ストレージ仮想化の先にあるストレージグリッド技術 [中編]

独自のスマートセルに基づくストレージグリッドを展開するHP

米Hewlett-Packard ストレージワークス・ディビジョン シニア・テクノロジストのアボット・シンドラー氏
 ここ最近、いくつかのストレージベンダが“ストレージグリッド”と呼ばれる構想を口にするようになった。本稿では、ストレージグリッドの仕組みと最新動向を、その主要なベンダであるNetwork Appliance、Hewlett-Packard、IBMという3社の切り口からそれぞれ解説していく。中編では、米Hewlett-Packard(以下、HP)ストレージワークス・ディビジョン シニア・テクノロジストのアボット・シンドラー氏へのインタビューに基づき、HPが推進しているストレージグリッド技術を取り上げる。


ストレージの構成要素を抽象化するHPのストレージグリッド技術

ストレージシステムは、DASからネットワークストレージへと移行してきた。今後は、ストレージシステムにインテリジェンスを与え、リアルタイムな拡張性と情報サービスが提供されるストレージグリッドへと進化していく(出典:日本ヒューレット・パッカード、以下同様)。
 多くの企業は、ストレージシステムをDASからSAN、NASへと移行し、その効率性、柔軟性、管理性、共有のしやすさなどを高めてきた。しかし、ビジネスの変化に応じてどのようにシステムを変更していくかという問題が残されている。つまり、安定したストレージインフラと高度な管理ソフトウェアによって、ストレージインフラの利用効率を高めたり、最適化を図ったとしても、この段階においてはまだユーザーが本当に必要としている高い適応性や自動化などは得られないのだ。

 そこで、いくつかのベンダは、ストレージグリッドによってこれらの問題を解決しようとしている。今回の主題であるHP StorageWorks Gridもその代表例だ。これまではストレージをハードウェア単位で捉えてきたが、これからはストレージシステム全体を“エコシステム”として考える必要がある。StorageWorks Gridは、ストレージシステム全体をシングルイメージに見せる役割を果たすため、構成された個体がそれぞれ独自に振る舞っているように見えながらも、全体としては調和がもたらされている。つまり、エコシステムが成立しているわけだ。


StorageWorks Gridのビルディングブロック。スマートセルには、情報処理を行うコンピュータ、データを格納するストレージキャパシティ、外部と情報のやり取りを行う通信システムという3つの要素が含まれる。
 ストレージの内部を調べたとき、その中にはストレージコントローラがある。そして、ディスクやテープなどが内蔵されている。ストレージにはポートが備えられており、サーバーやその他のストレージと通信を行っている。このように考えると、ストレージコントローラはコンピュータ、ディスクやテープはストレージキャパシティ、ポートは通信システムに抽象化することができる。

 現在の製品では、これらの構成がかなり複雑なのが問題だ。例えば、HPからはHP StorageWorks XP、EVA(Enterprise Virtual Array)など数多くの製品が発売されているが、これらは似たようなハードウェアで構成されているにもかかわらず、それぞれが異なる機能を提供し、異なる手法で管理されている。これを他社製品まで広げれば、そのバリエーションは数えきれないほどにまで膨れ上がる。オープン化やヘテロジニアス環境が叫ばれる今日、それによってストレージ管理者の悩みが増える理由はここにあるのだ。

 ただし、先述のようにどのボックスにもコンピュータ、ストレージキャパシティ、通信システムが含まれていることは共通している。そこで、HPはこれらの3つの構成要素に単純化し、すべてのストレージをうまく統合できるようにすべきだと考えたわけだ。こうしたビルディングブロックを構成する要素が“スマートセル”である。スマートセルは、コンピュータ、ストレージキャパシティ、通信システムという3つの基本的な要素を兼ね備えたStorageWorks Gridの最小単位だ。

 さらに、ボックスをストレージとして機能させるソフトウェアの観点から見ていくと、そこにはストレージOSがあり、ストレージに各種インテリジェンスを与えるソフトウェアがある。これらは製品ごとに異なっているが、オペレーティング環境とストレージ機能という抽象化を行えば、どのストレージにも共通してこれらが含まれていることが分かる。そこで、スマートセルは、ソフトウェアの抽象化も同時に行っている。


モジュラー型のソフトウェア設計を採用したスマートセル

 スマートセルの概念を導入すると、各種ストレージの構成が非常に見通しのよいものになる。例えば、ハイパフォーマンス・スマートセルで構成された高速なディスクアレイを考える。このとき、ディスクアレイにはハードウェアとしてプロセッサ、キャッシュ、ディスクなどが含まれるが、これだけではストレージとして機能しない。ここにオペレーティング環境やスマートセルがやるべきことを指示するソフトウェアを搭載することで、はじめてストレージとしての“命”が吹き込まれるのだ。

 StorageWorks Gridでは、共通のオペレーティング環境の上にさまざまなストレージ機能を提供するモジュラー型のソフトウェアが組み込まれる。先述のディスクアレイであれば、容量割り当て、データアクセス、アクセスパス管理、データ回復、データ配置、データコピー、データのインポート/エクスポート、イベントおよび構成情報のインポート/エクスポートといった機能がモジュールとして一つずつ組み込まれている。

 同様に、法規制に基づいてデータの長期アーカイブを行うアーカイブストレージでは、ハードウェアとしてプロセッサとディスクが搭載され、場合によってはテープが搭載されるものもある。そして、ここにもディスクアレイと共通のオペレーティング環境が用意されるが、その上に載るソフトウェアモジュールはいくらか構成が異なる。例えば、格納された情報のバージョニングとタイムトラベルトラベルを行う機能、データの不変性を保証する機能、メディア移行管理機能、検索機能などが追加されることになる。


ディスクアレイなどに用いられるハイパフォーマンス・スマートセル(左)とアーカイブストレージで用いられるアーカイブ・スマートセル(右)の構成を示したもの。いずれも共通のオペレーティング環境の上に、それぞれのストレージに適したソフトウェアモジュールが組み込まれる形となる。

 「従来のストレージは、機種が異なればオペレーティング環境もその上に載るソフトウェアも完全に異なる場合がほとんどです。これは開発者にとってうれしくない状況です。なぜならば、機種ごとにそれぞれ一からソフトウェアを開発しなければならないからです。ユーザーにとっても同様にうれしくなく、管理や互換性の問題に悩まされることになります。StorageWorks Gridならば多くのものを共通化できますので、これらの問題をうまく解消できます。例えば、開発者はソフトウェアを一から開発する必要がなくなりますし、むしろ時間をかけながらソフトウェアを洗練していくことができるでしょう」。

 「もう一つ大事なのは、ソフトウェアモジュールの開発機会をサードパーティにも広げていることです。他社であれば、いろいろな機能を実現するために、これらに関連する会社を数多く買収することになるのだと思いますが、それではお客様の要求にはなかなか追いつけないでしょう。HPは、最も基本的なソフトウェアこそ自社製にて提供しますが、それ以外はサードパーティに頼ることで拡充を図ります。APIの公開やSDKの提供、仕様の標準化といった活動を通じて、ゆくゆくはサードパーティやお客様自身がソフトウェアモジュールを自由に作成できる環境を用意したいと思います(以上、シンドラー氏)」。


生物学的なシステムを連想させるStorageWorks Grid

スマートセルが固く結びついてフェデレーションとなり、フェデレーションが緩く結びついてStorageWorks Gridとなる。
 StorageWorks Gridは、こうしたインテリジェントなスマートセルをピア・ツー・ピアで相互接続していくことで構築される。同様の機能を持つスマートセルはグループ化されるが、これをフェデレーションと呼ぶ。基本的にフェデレーションを構成するスマートセル同士は固く結ばれている。そして、複数のフェデレーションが緩く結ばれることで、包括的なStorageWorks Gridが構成される。

 「StorageWorks Gridは、生物学的なシステムを連想させるかもしれません。少々正確性には欠けますが、個々のスマートセルはニューロンに対応し、スマートセルが集まって神経系が構成されます。ソフトウェアは大脳の役割を果たし、システム全体が有機体のような振る舞いをするわけです。環境に対して適切に応答するという意味でも生物学的なシステムによく似ています。このような観点から見ていくと、StorageWorks Gridは非常に優れたエコシステムといってよいのではないでしょうか(シンドラー氏)」。

 個々のスマートセルは冗長性を持っていないが、これらを組み合わせることで冗長性が得られ、StorageWorks Grid全体として高い可用性を実現できる。また、StorageWorks Gridにスマートセルを追加すればするほど、キャパシティ、パフォーマンス、コネクティビティを高めていくことが可能だ。例えば、より高速な検索機能が欲しいときにはその役割を果たすスマートセルを集中的に追加すればよい。StorageWorks Gridは、ユーザーの必要としている機能を必要なだけ拡張できる、今日のストレージとは一線を画する多次元的なスケーラビリティを併せ持っているのだ。

 今日、管理者にとって重要な課題はプロビジョニングだが、StorageWorks Gridを導入すれば、システムが自動的に自分自身を構成し、最適化できるようになる。このため、プロビジョニングの自動化が実現されるという。「StorageWorks Gridでは、インテリジェンスがシステムに内在する形となります。そして、スマートセル同士が通信しあうことで、管理なども含めてすべての処理がスマートセル内部で行われます。ストレージ管理者は、ボックスに関する心配は基本的に不要で、ストレージシステム全体のエコシステムやポリシーを監視するだけでよいのです(シンドラー氏)」。


従来のストレージからStorageWorks Gridへのマイグレーションパス

 もちろん、現行のストレージからStorageWorks Gridへの移行はそんなに簡単な話ではない。そこで、現行のストレージシステムからStorageWorks Gridへのマイグレーションパスも用意されている。1つ目のマイグレーションパスは、ストレージ製品の大きな入れ替え時にStorageWorks Gridへと移行する手法だ。「ストレージを購入して何年か過ぎれば、そのとき最新だったストレージもかなり古びたものになってしまいます。その場合、企業によっては、管理を容易にするために新たなストレージを導入しようという動きが見られます。HPは、このタイミングでStorageWorks Gridの導入をお勧めする体制を揃えるつもりです(シンドラー氏)」。

 もう一つのマイグレーションパスは、スマートセルヘッドを用いる手法だ。スマートセルヘッドは、従来型のストレージをStorageWorks Gridに組み込むための特別なゲートウェイである。例えば、スマートセルヘッドの配下に接続された従来型のディスクアレイは、単なるストレージキャパシティに見える。これにより、従来型のストレージをStorageWorks Gridに組み込むことが可能だ。ただし、問題は他社のストレージをStorageWorks Gridに組み込めるかどうかである。これに対し、シンドラー氏は次のように説明する。

 「技術的にはもちろん可能な話です。スマートセルヘッドに他社のストレージを接続すれば、理論的にはどんなストレージもStorageWorks Gridに組み込めます。しかし、これが本当にお客様にとって意味のあることかどうかは意見の分かれるところです。他社のストレージは、単なるキャパシティにとどまらない高度な付加価値を備えているからこそ“それなりの価格”で提供しているわけです。そのようなストレージを、わざわざStorageWorks Gridに組み込もうとするお客様はほとんどいないでしょう」。

 「一方、スマートセルヘッドの配下に安価なディスクアレイを接続すればいいという考え方もありますが、ストレージベンダがそのような“利益の出ない”ストレージを発売するとも到底思えません。従って、現実的にはスマートセルヘッドの配下にはHPの従来製品が接続されると考えるべきではないでしょうか」。


StorageWorks Gridベースのストレージで構成された究極の状態。このレベルに達すれば、ストレージグリッドならではの利点を最大限に享受できるようになる。これは、HPが目指すストレージグリッドの最終着地点だ。
スマートセルヘッドを用いることで、従来のストレージをStorageWorks Gridに組み込むことが可能だ。従来製品を活用しつつも、積極的にStorageWorks Gridへと移行したいというユーザーに適したソリューションだ。

ストレージの柔軟性を究極的に高めるスマートセルのダウンロード機能

StorageWorks Gridのロードマップ。従来型の製品とStorageWorks Gridベースの製品が平行して発売される期間が長らく続くが、StorageWorks Gridベースの製品やテクノロジを拡充していくことによりグリッド化を強く推し進めていくという。
 HPは、すでにStorageWorks Gridを採用したストレージ製品としてHP StorageWorks Reference Information Storage System(RISS)を発売しているが、今後1~2年以内にはStorageWorks Gridベースのディスクアレイも発表する予定だという。StorageWorks Gridベースのディスクアレイは、ストレージグリッドの普及を促す大きな引き金になるものと考えられており、これに足並みを揃えながら管理ソフトウェアなども進化していく。

 また、近い将来にはスマートセルをダウンロード可能にする機能も提供する予定だという。つまり、ある種のスマートセルをダウンロードし、これをStorageWorks Gridに追加することで、新たな機能を追加できるようになるわけだ。スマートセルはストレージの機能を変えることさえできる。このため、物理的にはまったく同じスマートセルであっても、その実装の仕方やソフトウェアの種類を変えることで、機能の異なるストレージに変更できることになる。

 例えば、ディスクアレイというハードウェアがあった場合、ユーザーはこれをブロックベースのストレージだけでなく、NASやその他のオンラインストレージとして使いたいケースもあるかもしれない。このようなときには、管理者が求めるストレージ形態のスマートセルをダウンロードし、スマートセルの機能そのものを変更してしまえばよい。一部の生物には、ある細胞に変化するようにという指示を受けるとその細胞に変身する“幹細胞”という特殊な細胞があるが、スマートセルはある意味で幹細胞にも似たような形でどんなストレージにも変身できる潜在能力を持っているのだ。

 HPが目指すストレージグリッドは、いわゆる他社が言うところの筐体単位のグリッドとは少々趣が異なるが、ストレージに高度なインテリジェンスを与えるという最終的な目標点は他社と共通している。


 後編では、IBMが考えるストレージグリッドについて取り上げていく。



URL
  日本ヒューレット・パッカード株式会社
  http://www.hp.com/jp/

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  ・ ストレージ仮想化の先にあるストレージグリッド技術 [前編](2005/05/23)
  ・ HPが推進するHP StorageWorks Gridとは何か?(2004/10/18)


( 伊勢 雅英 )
2005/06/13 00:00

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