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第一号ユーザー丸善に聞く、「Dynamics CRM 3.0導入成功の要因」


 2007年春、丸善は営業支援システムとして、マイクロソフトの「Microsoft Dynamics CRM 3.0」(以下、Dynamics CRM)を、同社の主軸である、大学などの法人を対象とした営業部門「教育・学術事業本部」において導入した。Dynamics CRMは、マイクロソフト日本法人にとって初めての業務アプリケーション。丸善はその第一号ユーザーとなった。新製品の第一号ユーザーとなることに対してはリスクを感じるユーザーも多い。それをあえて選択した理由を、教育・学術事業の指揮を執る土岐勝司専務取締役は、「第一号ユーザーとなることの宣伝効果は大きい」と説明する。

 その一方で、第一号ユーザーはシステムトラブルなどに見舞われやすく、トラブルが起こることも多い。丸善の場合もまったくトラブルなしというわけではなかったようだが、「現在では導入は成功したと考える。その成果は業績にもあらわれ、導入部署の昨年度業績は対前年比104%と厳しい市場の中では上々の成果」(土岐専務)という。丸善がDynamics CRM導入に成功した要因はどこにあったのだろうか。


導入決断の決め手はOutlook

丸善の専務取締役 教育・学術事業本部長、土岐勝司氏
 「Dynamics CRM導入を決定した最大の肝は、わたしがMicrosoft Office Outlookをフル活用していたことではないか」―丸善の土岐専務は、CRMソフトとしてDynamics CRMを導入した理由をこう説明する。

 Outlookはメーラーとしてとらえられることも多いが、マイクロソフトでは情報管理・コラボレーションツールとして位置付けており、スケジュール管理など、メールを扱う以外の機能も備えている。実は丸善はDynamics CRM導入前からOutlookを導入し、これを活用したスケジュール管理を実践してきた。

 土岐専務は、大学卒業後、大手情報システム会社に入社したのを皮切りに、事業を再生する業務を担当。丸善には、2006年に入社した。IT系企業出身でありながら、「ITはあくまでもツール」と言い切る。ツールである以上、利用効果がなければ、使い続ける意味がない。同専務は丸善入社後、それ以前に活用していたグループウェアや営業向けの行き先掲示板などを撤廃し、Outlookを使ったスケジュール管理に切り替えた。

 この理由を、「実はわたしはCRMが好きではない。丸善では、わたしが入社する以前に、他社のCRMを導入していたものの、うまく活用されていなかった。これを撤廃したのも、わたしがCRMを評価していないから」と説明する。CRMを評価しないという土岐専務だが、逆にOutlookを高く評価する理由はどこにあるのだろう。

 「わたしはOutlookのビジュアル機能を高く評価している。内勤、外出時など用途に応じ色を変えてスケジュールを登録する方式を採用しているので、各営業担当がどう営業しているのか、一目瞭然(りょうぜん)で管理できるようになる」。

 また、Outlookを使いスケジュールを管理する効用を、土岐専務は自身の経験から次のように説明する。「年末になってその年の自分のスケジュールをOutlookで見直すと、どうも外に出ての営業が少なすぎたとか、その年の行動パターンが明確になる」というのだ。

 つまり、紙の手帳やPDAなどを利用するより、全体の傾向把握がしやすいことも、Outlook利用のメリットと考えている。

 しかし、いくら便利なツールでも全社員が活用しなければ意味はない。これはOutlookだけでなく、Dynamics CRM 3.0を導入した際にも同じことがいえる。

 「最初にOutlookを導入し、全員が利用する習慣をつけていたことが、Dynamics CRM導入が成功したポイントのひとつといえるのではないか」と土岐専務も指摘する。


土岐専務自身、手帳ではなく、Outlookのスケジュールを印刷して持ち歩くほど、Outlookを使い込んでいる
 もっとも、Outlook活用にあたっても、丸善ではいくつかの仕掛けを用意し、社員が活用せざるを得ない状況を作っている。

 そのひとつが役員から現場担当者に至るまで、全社員によるOutlookのスケジュール管理を徹底したことだ。

 「上場会社であるため、一部役員の情報のうち、非公開にせざるものもあるが、それ以外は全情報公開を前提としている。トップマネージメント自身もOutlookを活用し、お互いスケジュールを見ることができるという状況を作ったことで、社員もOutlookを使わざるを得ない状況を作った」(土岐専務)。

 それまで、ホワイトボードなどほかの手段で行っていたスケジュール管理は撤廃し、「Outlook以外ではスケジュール管理はしない」という習慣を徹底させた。

 「二重管理を認めてしまうと、結局は利用しなくなってしまう。スケジュール管理はOutlookで行い、掲載されていない営業成果は認めないというくらいの徹底をしないと、浸透しない」という方針を経営層が打ち出し、Outlookを社内に浸透させていったのである。


基幹事業である教育・学術事業の強化が導入の狙い

 土岐専務が営業担当のスケジュールをOutlookで管理することを徹底したのには理由がある。

 丸善といえば、東京駅前にある丸の内本店、歴史ある日本橋店など、書店経営のイメージが非常に強い。が実は、同社の基幹事業は、大学を中心とした教育市場をターゲットとした「教育・学術事業」である。2008年1月期の売上高1025億円のうち、50%以上となる557億円を売り上げたのが教育・学術事業なのだ。

 この事業は、大学関係者向けの書籍販売、図書館施設の増強、学部増設など教育事業全般を支援する業務を行っている。書店事業とは異なり、営業担当が張り付きで営業を行う事業だが、少子高齢化や大学側の予算削減などが進んでいるため、市況は決してよい状況ではない。

 その中でいかに業績を伸ばしていくのか。その解決手段として全国にある営業拠点を強化するために導入したのが、Outlookであった。

 「当社 教育・学術事業の主要営業拠点は全国に12あり、それぞれ個別に活動している。本社は各営業所の営業内容を把握しにくいところがあり、その改善を行うことがOutlook導入の狙い。その狙い通り、本社からも営業所長以下、各営業所の営業担当がどんな営業を行っているのか、把握できるようになった」(土岐専務)。

 本社からは目の届きにくい地方にある営業所でも、役員も含めてOutlookを活用するという方針を打ち出した以上、「うちの営業所は使わない」というわけにはいかない。

 基本的には経営層を含め、全社員のスケジュールを公開しているため、「嘘のスケジュールを記入しても、それが見破られてしまう。どのスタッフも嘘を書くわけにはいかなくなった」という。


 しかも、丸善では、他人のスケジュールを見ることを可能とするだけでなく、あるスタッフが必要な会議を行いたいと考えた場合、上司のスケジュールをOutlookで確認し、時間が空いていれば勝手にスケジュールを埋めてしまうことも可能だ。

 「その結果、思わぬ効用も出てきた。勘のいい営業担当は、わたしのスケジュールを見て、『この時期に専務がうちの営業所に来る』というのを見つけ、率先して同行営業や会議のスケジュールを入れてくるようになった」と土岐専務は笑う。

 この発言から、成績のよい営業担当は社内の情報収集にも熱心で、上司との連携を上手に行う人が多いことを伺わせる。よい営業担当の条件といわれた、「度胸と勘」という要素も、実はその営業担当の努力によって成り立っていることが、ITツールによって実証されたといっていい。

 ただし、Outlookだけでは、限界も出てきた。

 「例えばある営業担当が、わたしがすごく気になるお客様に対してアポイントメントを入れていることがあるとする。そうした際には、アポイント後、その案件状況がどうなっているか、どう訪問しているかが気になるのだが、Outlookだけではそういった履歴をとることができない」(土岐専務)。

 そんな悩みを解決する手段として提案されたのが、マイクロソフトのDynamics CRM 3.0だった。

 「わたしが気になっている案件状況や、訪問内容の履歴取得が、OutlookのGUIからできると聞いて、魅力を感じた。営業支援システム導入の検討を始め、数社の製品を検討はさせたが、実はわたし自身はもう最初から決めていた」と土岐専務は話す。

 社内にOutlookが浸透していたため、社員からの評価も高く、Dynamics CRM導入はスムーズに決定した。


第一号ユーザーになることはデメリットだけでなくメリットも多い

マイクロソフトのMBS 事業統括本部 マーケティング部 CRMプロダクトマネージャー、吉田周平氏
 しかし、丸善がDynamics CRMの導入を決定した時点で、日本で同製品のユーザーはまったく存在せず、日本での第一号ユーザーとなることとなった。製品評価が定まる前に導入することへの不安はなかったのだろうか。

 「それは正直あった。わたし自身、丸善の前に在籍した企業で、ERPなどで、日本第一号ユーザーとなり失敗した経験を持っていたので、余計に不安だった。ただ、マイクロソフトは、初物に対して相当しっかりした導入支援体制を組む会社だというイメージがあった。しかも、業務アプリケーションといっても、会計など基幹システムではなく、営業支援システムとして導入するので、楽観的な気持ちがあった」(土岐専務)。

 もちろん、マイクロソフトにとっても初体験となる部分も多く、「マイクロソフトはパートナー経由で製品を提供している。役割分担として、当社はマーケティングを担当し、あとはパートナーにお願いするというスタイルだが、Dynamicsシリーズのような業務アプリケーションを提供する場合は、当社自身のサポート、サービスの充実が必要であることを実感した」(マイクロソフトのMBS 事業統括本部 マーケティング部 CRMプロダクトマネージャー、吉田周平氏)と、体制的に不十分な部分も多かったようだ。

 例えば導入当初は、サーバーをチューニングしても思ったほどパフォーマンスがあがらず、解決方法が見あたらず、対応に苦慮したという。当初は、パフォーマンスが上がらない事実は明確でも、日本で初めての製品ということもあり、マイクロソフト側にも明確な対応策がなかった。

 ただ、それをマイクロソフト側が自覚しているために、顧客に対する対応も自然と丁寧になる。土岐専務の、「初物にはしっかりとした導入支援体制を組む」という狙い通りであった。

 しかも、土岐専務の頭には別な計算もあった。マイクロソフトにとって日本で初めて販売する業務アプリケーションの第一号ユーザーが、老舗企業の丸善となれば、宣伝効果も高くなる。実際にマイクロソフトが丸善が第一号ユーザーとなったことをニュースリリースで発表。丸善の名前は大々的にアピールされた。

 土岐専務にあらためて第一号ユーザーとなる際の留意点を聞くと、「システム実装を担当するITベンダーをきちんと選択すること。財務など基幹系システムの第一号ユーザーになることはリスクも大きい。導入する製品の性質をよく考えること」という二点をあげる。

 システム導入を担当したITベンダーはJBCC。もともとはIBMのi Series販売で定評あるディーラーで、最近ではマイクロソフト製品の販売にも注力している。丸善とは今回が初めての取引となった。

 「JBCC以外にも数社からプレゼンを受けた。JBCCとは取引はなかったが、提案内容がよかった。わたしの一存でなく、関係者全員で数社のプレゼンを聞いたうえで、ほぼ全員一致でJBCCにお願いしたいということになった」(土岐専務)。


魔法のツールと考えなかったことが導入成功のポイント

マイクロソフトのMBS 事業統括本部 マーケティング部、新保将部長
 昨年度(2008年1月期)、丸善の教育・学術事業部の売り上げは対前年比104%となった。この業績を土岐専務は、「市況が決してよくない中で健闘したといえる実績となった」と評価する。

 この業績を実現したのがOutlookとDynamics CRMだ。Outlookによるスケジュール管理が始まってから2年、この間に全営業所のうち同じ支店長が残っているのは2か所のみ。それ以外の営業所はすべて支店長が入れ替わっている。

 本社が営業所の動向を把握するようになって、営業スピードが速くなったことをうかがわせる事実である。

 ただし、Dynamics CRMについて土岐専務は、「当社が使っているのはSFAとしてのみ。現在のところ、CRMとしては活用していない」という。これは教育・学術営業部の営業先は、不特定多数の顧客ではないことに起因する。営業担当がどんな営業活動を行っているのかを把握するだけで顧客の動きも把握できるようになったということのようだ。

 また、この製品を店舗事業部など他の事業部でも利用する予定はないという。「Outlookは全社で利用するメリットがある。しかし、店舗事業部で同じような使い方をしても効果はあがらないのではないか」と土岐専務は考えている。

 利用する部署を限定し、一部の機能を集中的に使うというのは、製品の機能の豊富さを訴えるメーカーの戦略と逆行することのように思える。

 しかし、マイクロソフトでも、「CRMは導入するだけで効果があがる魔法の杖のように考えてしまう企業も多い。丸善の使い方はそれと逆で、自分たちの組織の問題点をきちんと把握した上で、それをカバーするツールとして使っている。だからこそ、導入後の効果があがっている」(マイクロソフト MBS 事業統括本部 マーケティング部の新保将部長)と、ソフトを万能と考えなかったことこそ成功の鍵と指摘する。

 もちろん、製品の機能としてはもっと広範な機能のアピールを行うことになるが、「自分たちの悩みと、それを改善し、どうするのかというビジョンを明確にもち、それに合わせた機能を選ぶことができる企業は導入成功につながりやすい」(マイクロソフト・新保部長)という。

 IT=万能と考えず、自分達の問題点をカバーするツールのひとつとしてITを利用したことに丸善がDynamics CRM導入を成功した要因がある。


 丸善がITをツールとして活用し成功しているもう1つの例を紹介しよう。

 土岐専務はITをツールとして活用するもうひとつの手段として、自らが社内向けにブログを書いている。毎朝、8時30分には更新されるというこのブログは、社内のほとんどのスタッフが見ている。

 「Dynamics CRMについても、上手な使い方をある営業部員から聞いた時には、このブログで紹介している。営業担当自身も、『外出先でPCの電源が足りなくなった時には、マクドナルドには電源が利用できる店舗がある』といった情報を、自分達で結構、見つけてくる。そういう話を聞いた時には、わたしもブログで紹介するようにしている」(土岐専務)

 閲覧者を増やすために、例えば人事査定の時期には、「今、ちょうど査定の最中です」といった、社内で話題になりそうな内容をあえて書き込むのだという。その結果、現在ではほとんどの社員がブログ閲覧者となっている。

 このブログもITをツールとして活用した情報共有の手段のひとつである。こうした使い方を見ると、最新の技術というよりも、人間の使い方次第で、IT導入の効果に大きな違いがあるのではないか。

 Dynamics CRMについても、自社の問題点を認識し、それを解決する手段として適切な使い方をしたからこそ成果が出たといえるのではないだろうか。



URL
  丸善株式会社
  http://www.maruzen.co.jp/top/
  マイクロソフト株式会社
  http://www.microsoft.com/japan/


( 三浦 優子 )
2008/05/20 10:44

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