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米本社トップに聞くマイクロソフトの知的財産戦略


 マイクロソフトは、知的財産に関する戦略をこの5年で大きく転換してきた。それは、まさにクローズドな戦略からオープンな戦略への転換だったといっていい。その成果は、この5年間で、日本における大手企業とのクロスライセンスが12件に達していることからも明らかだ。マイクロソフトは、どんな考え方で、知財戦略に取り組んでいるのか。同社の知的財産戦略について、米Microsoftのマーシャル・C.フェルプス コーポレート副社長と、ホラシオ・グティエレス バイスプレジデントに話を聞いた。


米Microsoft LCA-IP&ライセンスグループコーポレート副社長兼法務顧問代理のマーシャル・C.フェルプス氏(左)と、米Microsoft バイスプレジデント兼副ゼネラルカウンセル 知的財産&ライセンスシンググループのホラシオ・グティエレス氏(右)
―まず最初に、マイクロソフトにおける知的財産戦略の基本的な考え方について教えてください。

フェルプス氏
 マイクロソフトという企業の根幹を考えたとき、「マイクロソフトはIPカンパニーである」ということができます。ソフトには、必ずIPライセンスがあり、それはマイクロソフトが開発したソフトでも、他社のソフトでも、そして、オープンソースのソフトでも同様です。しかも、世界のあらゆる国において、ソフトの発明に対して、特許を取得するのが適切であるという考え方が出てきている。これはマイクロソフトにとって大きな変化です。

 マイクロソフトにとどまらず、ソフトを開発している企業は、4つの知的財産戦略のもとで、企業経営をしているといえます。その4つとは、「著作権(コピーライト)」「特許(パテント)」「商標(トレードマーク)」「営業秘密(トレードシークレット)」です。マイクロソフトは、この4つの観点から、どの知財を、どのレベルで、どう使っていくかを考える。他社が持つ技術を、有効に自社の製品に取り込むには、知財戦略の観点から、どういった手を打つのが最適かということを考えていかなくてはなりません。


―マイクロソフトは、2003年12月を境にして、知財戦略を大きく変更していますね。それまでは、知財を公開しないという考え方が基本となっていたものを、公開する形へと大きくかじを切りました。

フェルプス氏
 2003年以前というのは、知的財産権の範囲が狭く、戦略的に手を打てるのは「著作権」による戦略だけでした。しかし、2003年以降は、特許という考え方をベースに展開し、同時にライセンシングという手法が打てるようになってきた。いまは、これがますます加速している段階にあります。

 特許という考え方に移行してくると、知財戦略をさまざまな角度から打ち出すことができる。日本においても、日本のテクノロジーリーダーと呼ばれる企業と、この5年間だけで、12にのぼるクロスライセンシングを結んでいます。マイクロソフトは、多くの研究開発費を投じています。これは、IT産業で活躍する多くの企業に共通することです。それらの企業同士が、知的財産をベースに、技術をライセンシングし、技術同士を組み合わせることで、高い機能性を持った製品を、柔軟に開発できるようになる。IPライセンシングが、企業の成長にとって有効なものであるということは、すでに多くの企業にとって、共通の認識になっています。

 さらに、情報システムにおいては、ユーザーが異機種混在環境のなかで利用しているケースが増加している。これも、知財戦略が活発化しなければ、なしえないものです。もはや、IT産業においては、1社では、あらゆる顧客のニーズを満たすことができなくなっている。他の技術を持っている会社と手を組むことで、マイクロソフトの製品も、他社の製品も、顧客にとって、より使いやすい、優れた製品に進化させることができる。お客さまが求めているものに対して、最適な答えを提供できるようになる。「フリーダム・オブ・アクション」という考え方のもとで、知財戦略は、ますます重視されることになるでしょう。

グティエレス氏
 マイクロソフトは、創業以来、IPカンパニーであることに変わりはありません。ただ、ご指摘のように、2003年以降は、オープンなアプローチをする会社に変わったといえます。他社の技術を獲得するための「通貨」として、IPを活用してきたともいえます。


―オープンソースコミュニティの知財戦略とは違いがあるのですか。

グティエレス氏
 大きな意味では、違いはないと考えています。オープンソースといえども、知財は存在する。違いがあるとすれば、ビジネスモデルの違いであり、それは、オープンソースか、そうでないかといった違いによるものではなく、組織の考え方による違いだといえます。

 では、ビジネスモデルにはどんなものがあるか。それは、大きく3つに分類することができます。ひとつは、間接的に収入を得るビジネスモデルです。コンピュータなどに組み込まれて提供されるものが最たるものです。もともとコンピュータのOSは、単体では販売されず、ハードと一緒になって販売された。つまり、ソフト開発のコストは、ハードの一部として計上されていたわけです。

 2つめのモデルが、ソフトを単体製品と見なした上でのビジネスモデル。この手法の確立においては、マイクロソフトは大きな貢献をしたといえます。ソフトを別にするわけですから、多くのハードウェアの上で走らせることができる。

フェルプス氏
 これは、独立したソフトに対して対価を支払うというモデルですが、ソフト単体で収益を取れるようになったのは、1969年6月23日にIBMがメインフレームからソフトを切り離した時からです。これ以降、ソフトだけで収入を得るために、業界では多くの痛みがあったともいえます。

グティエレス氏
 無償でソフトを提供しても、バージョンアップで収入を得たり、サポートを有償にするというものもある。これらも、ソフト単体のビジネスモデルのなかに含まれます。いまでも、この2つのビジネスモデルは、共存しています。オープンソースも、プロプラエタリのソフトを開発するベンダーも、それぞれのビジネスモデルのいいところを採用しながら、ソフトの収益を獲得している。

 そして、3つめは、まだ確立したものではありませんが、広告で収入を得るというモデルです。Yahoo!やGoogle、そして、マイクロソフトも、このビジネスモデルの確立を模索している。ソフト業界では新しいモデルだといえます。このように、オープンソースか、独自ソフトであるか、というのは知財戦略の上では大きな差はなくなってきているといえます。


米Microsoft LCA-IP&ライセンスグループコーポレート副社長兼法務顧問代理のマーシャル・C.フェルプス氏
―「著作権」「特許」「商標」「営業秘密」という4つの領域のなかで、マイクロソフトが最も重視しているのはどれですか。

フェルプス氏
 どれかひとつにフォーカスするというものではありません。この4つのバランスが大切です。著作権だけを盾にとっても、すべてが満たされるわけではない。また、特許だけでも、トレードシークレットだけでも、知財が守られるわけではない。著作権や特許、トレードシークレットといったさまざまな観点から取り組まないと、会社が所有する重要な資産を守ることができない。

グティエレス氏
 例えば、マイクロソフトの商標は、世界において高い価値を持っています。企業としては大変重要視しています。また、同様に著作権があるからこそ、アイデアの表現が守られ、他社と差別化が図れる。ソフトを開発するプロセスという観点では、トレードシークレットがある。そして、特許は発明を保護してくれる。これまで考えついたこともないソフトを開発するためには、特許が大変重要になります。

フェルプス氏
 一方、ユーザーの観点から見た場合、著作権があるからこそ、それを自社のシステムとして安心して走らせることができる。特許も同じです。ユーザーが使っているものが、著作権や特許を侵害しているとされれば、ユーザーが実現しようとしている取り組みそのものが止まってしまう。ソフトを購入するユーザーは、ソフト会社に3つのことを期待しています。まず、機器でソフトを走らせることができる「ビット」そのものを得ること。そして、そのビットを自分のマシンで走らせる権利として「ライセンス」を得ること。最後に、ソフトそのものが、ベンダーによって保護されていること。とくに、最近では、多くの特許訴訟が起こっており、ユーザーにとって、ベンダーがソフトを特許で保護する観点での重要性が大きく増していることを感じます。


―マイクロソフトでは、知財戦略において、具体的な数値目標を設定しているのですか。

グティエレス氏
 マイクロソフトは企業ですから、知財戦略における目標を毎年設定していますし、それを達成することが求められています。しかし、製品の販売数量のような定量的なものではなく、定性的な要素が強いものになります。

フェルプス氏
 つまり、マイクロソフトでは、IPライセンシングで売り上げを稼ぐことは目標にしていません。ではどこにフォーカスしているか、ライセンシングでどういう新たな関係が生まれるのか、どんなコラボレーションのオポチュニティが生まれるのか、これによって、「フリーダム・オブ・アクション」を提供できるのか、ということになります。


米Microsoft バイスプレジデント兼副ゼネラルカウンセル 知的財産&ライセンスシンググループのホラシオ・グティエレス氏
―7月から始まる新年度(FY09)では、どんな目標を掲げますか。

グティエレス氏
 継続的に、クロスライセンシング契約を結ぶ会社の数を増やしていく。このなかには、Novell、ターボリナックスといったOSSとの関係を強化していくことも含まれています。そして、当然のことながら、マイクロソフトの革新を保護していくという役割も推進していきます。


―最近では、日本の企業とのクロスライセンシングが増加していますね。これは、知財戦略上、日本市場を重視している証しとみていいですか。

グティエレス氏
 答えはYESです。日本はテクノロジーリーダーといえる企業が多い。非常に価値の高いポートフォリオがある。日本の企業との協業によって、マイクロソフトのイノベーションを加速することができると考えています。日本は、投資に値する国だといえます。


―マイクロソフトは、Windowsをはじめ、数多くのソフト資産を持ち、それを盾に、競合他社を押しのけてきた過去があります。一部ではその存在を「エイリアン」とさえ表現しています。それは、知財戦略の変更と、「フリーダム・オブ・アクション」をベースとした知財戦略の活性化によって、どう変わってきましたか。

グティエレス氏
 過去5年間にわたる日本でのクロスライセンシングの実績を見ていただけると、その変化がわかっていただけると思います。マイクロソフトと協業パートナーは、知財における契約だけにとどまらず、それをベースとして、共同で製品を開発したり、いくつかのパートナーシップを組むといったように、以前には考えられなかったところにまで関係を進展させている。クロスライセンス契約により、パートナー企業が、マイクロソフトが持っている知財にアクセスできるようになったことで、IT産業にとって、大きなメリットが享受できるようになっている。マイクロソフトに対する見方は、この数年で大きく変化しているはずです。

フェルプス氏
 私が感じるのは、2003年以降、日本の政府がマイクロソフトを見る目が変わってきたという点です。まだ、完全とはいえませんが、マイクロソフトは協力的な会社であるという観点で、日本政府が見てくれていることを感じます。

 もうひとつのポイントは、業界に対して、どんな貢献をしていくのか、とくに、日本という独自の市場に対してなにができるのかという点で、いくつかの取り組みが成果になろうとしています。例えば、IPの研究のための公益信託として「マイクロソフト知的財産研究助成基金」を設定し、その活動を開始したことがあげられます。これは、大学などと共同で、知的財産に関わる研究プロジェクトを進めるもので、現在、日本全国で28個のプロジェクトが進んでいます。日本独自の考え方に基づいて、知的財産を考えていくものともいえ、言い換えれば、知的財産のプロセスに日本独自のフレーバーを入れたものになります。これにより、日本が知的財産の世界においても、リーダーシップを発揮できるようにしていきたい。

 さらに、マイクロソフト日本法人と、川崎市が知的財産活動を円滑に進めていくことを目的にした協業を発表していますが、これは世界に先駆けた取り組みといえ、他の国からも注目を集めています。日本では、マイクロソフトのブランドには高い価値があります。しかし、マイクロソフトブランドの製品を販売するという範囲を越えたさまざまな活動が、日本ではこれまで以上に活発化するでしょう。樋口泰行新社長のもとで、この取り組みはもっと拡充されるはずです。もはや、そんなに「エイリアン」ではなくなっているのではないでしょうか(笑)。


―ちなみに、日本の企業とのクロスライセンス契約は、まだ増えていくのですか。

グティエレス氏
 具体的なことはいえませんが、減らないのは確かです(笑)。

フェルプス氏
 過去5年の実績から見ても、今後も継続的に増えることが確実であろうことはわかっていただけると思います。これまで、東芝、富士通、エプソン、オンキヨーなど名だたるメーカーとのクロスライセンスを発表していますが、まだクロスライセンス契約を結んでいない企業で、テクノロジーリーダーといえる企業が日本には多いですからね。



( 大河原 克行 )
2008/05/09 00:00

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