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米NetSuiteネルソンCEO、「10年のSaaS経験を生かしてクラウド時代のリーダーへ」


 新しいコンピュータ業界のトレンドとして関心が高まっているクラウドコンピューティングだが、企業ユーザーにどんなメリットを及ぼしていくのか、まだまだ未知数の部分も多い。その中で、「専業メーカーである当社はいち早く対応アプリケーションを提供し、クラウドコンピューティング時代のリーダーとなる」と、強気な見方を示しているのが米NetSuiteだ。同社は1998年、オンライン型アプリケーションの専業メーカーとして創設され、日本法人も2006年に誕生している。2008年末には、言語だけでなく日本の商習慣に対応した初のスイート製品「NetSuite-Release J」をリリース。米本社の社長兼CEOであるザック・ネルソン氏は、「2009年は日本市場でブレークする年となる」と自信を見せている。


インターネット革命当初の“ビジョン”がクラウドで実現する

米NetSuite 社長兼CEOのザック・ネルソン氏
―新しいトレンドとして、クラウドコンピューティングが注目されています。しかし、ビジョンばかり先行し、その実態は不透明な部分が多いことも事実です。SaaS専業ベンダーの目から見て、クラウドコンピューティングとはどんなものだととらえていますか?

ネルソン氏
 これまでコンピューティング環境の変化は何回もありました。現在のところ、最も進化した形態といえるのがクラウドコンピューティングです。クラウドコンピューティングの定義とは、「相手が誰であっても、どこにいたとしても、透明性を持ったやりとりができる」ことになると思います。やりとりをする相手は、BtoB(企業対企業)もあれば、BtoC(企業対個人)もありますし、CtoC(個人対個人)というケースだってあり得るでしょう。

 やりとりするデバイスは、クラウドコンピューティング以前のコンピュータトレンドだったクライアント/サーバーでは、コンピュータ対コンピュータに限定されていました。それに対しクラウドでやりとりされるデバイスは、コンピュータだけでなく、電話、BlackBerryやWindows MobileのようなOSを使ったスマートフォンと多彩であることが特徴です。


―コンピュータ業界の新しいトレンドでありながら、対象がコンピュータ業界のデバイスやサービスだけにとどまらないことがこれまでにはなかった特徴ということですね。

ネルソン氏
 ここ数年、「コンピュータ産業とテレフォニー産業の融合が実現する」といわれてきましたが、本当の意味でそれが実現するのが、クラウドコンピューティングだと思います。以前、インターネットの商用利用が始まったことで、「インターネット革命が起こる」と叫ばれました。しかし、その時にかかげられたビジョンの多くは、さまざまな障壁があったために実現されてはいませんでした。クラウドコンピューティングの時代になって、インターネット革命の時に考えられたコンセプトが具現化され、パラダイムシフトが起ころうとしているのです。


―クラウドコンピューティングのプラットフォームをめぐる覇権争いは、GoogleとMicrosoftの競合などすでに始まっています。クラウドコンピューティング時代には、それ以外の分野でもプレイヤーは変化してくるのでしょうか?

ネルソン氏
 その質問に対する回答は、これまでのコンピュータ産業の歴史を振り返れば、自然と導き出されるはずです。ある時代に革命を起こした企業が、次の革命が起こった時にも勝利者でいることは難しい。そう考えると、クライアント/サーバーコンピューティング時代の覇者となった企業が、クラウドコンピューティング時代においても覇者であり続けることは難しいのではないでしょうか。

 NetSuiteが属するアプリケーション分野においては、当社やsalesforce.comのような新たなベンダーが台頭してくると思います。トラディショナルベンダーであるSAPやMicrosoftは、クラウドコンピューティング時代になると逆に追随者の立場となってくるでしょう。すでにハードウェアベンダーは、データセンターへの導入を意識した製品開発に注力しています。データセンターに必要な省電力型のコンピュータが増えているのは、そのあらわれでしょう。

 また、アプリケーションベンダーやハードウェアベンダー以上に大きな変革を迫られるのはサービスをビジネスとしてきた企業です。これまでソフトウェアのメンテナンスを収益源としてきたような企業は、クラウドコンピューティング時代にはその収益源を失うことになります。彼らがやってきたメンテナンス業務は、当社のようなソフトメーカーが代行してしまうからです。サービス事業者は、ビジネスが大きく変わっていく分岐点に差しかかっているにも関わらず、その点を理解していないところが多いようです。


新時代の覇者の条件は「技術やビジネスモデルの変化に対応すること」

―クラウドコンピューティング用アプリケーション開発を行う企業が増加し、競争も激しくなると思います。アプリケーションベンダー間の競争を生き抜く条件は、どんなものだと考えますか。

ネルソン氏
 当社が展開しているのは、オンラインアプリケーションでも、中小企業をターゲットとしたものです。その経験から、中小企業をターゲットとしたアプリケーションベンダーが勝ち残っていくための条件をあげさせてもらうと、まずクラウドコンピューティングならではのアプリケーションであること。Webセントリックなアプリケーションでありながら、クライアント/サーバー用アプリケーションが持っていたような機能はすべて備えている必要があります。

 当社は設立から10年になります。それだけ事業を続けてきた実感としていわせてもらいますが、クラウドコンピューティングならではのアプリケーションを開発することは、決して容易ではないのです。日本法人は2006年に設立しましたが、日本向け製品「NetSuite-Release J」をリリースすることができたのは2008年末になってからです。この製品のように、その国の法律や商習慣に合わせた製品を開発するにはパワーが必要です。

 これだけの機能を持った製品を新たに開発するのは容易なことではありません。当社の10年間の経験は、新規参入を検討している企業に比べ、かなりのアドバンテージになると思います。

 次のポイントは、デリバリー体制です。クラウドコンピューティング用アプリケーションは、ディスクを配布して社内のサーバーにインストールしてもらうわけではありませんから、きちんと仕組みを作る必要があります。


―インターネットを介することで、逆に配布が容易になるような気がしますが。

ネルソン氏
 「言うはやすく行うは難し」で、オンライン配布も、実行するとなると決して容易ではないのです。

 その要因は、ログインするユーザー数の多さにあります。当社のログインユーザー数は100万を超えています。これがSAPのアプリケーションを利用するユーザー数に比べ、圧倒的に多いことはわかっていただけるでしょう。これだけのスケーラビリティがある中、知財を正しく管理する仕組みを作り上げることも容易ではないのです。


―簡単に配布できるが、本来は利用契約を結んでいないユーザーが利用しているようでは意味がないですからね。

ネルソン氏
 その通りです。そういったロスをなくすための知財管理の技術を開発することも必要となってくるのです。

 3つ目のポイントは、これは最初の2つのポイントとは異なり、ビジネスモデルにおけるポイントなのですが、サブスクリプションベースのビジネスに対応できる企業であるか否かという点です。

 これまでのコンピュータビジネスは、製品を購入してもらう際に売り上げが立つ方式でした。例えば、SAPのアプリケーションはユーザーに製品を購入してもらった段階で100万ドルの売り上げを確保します。ところが、クラウド型アプリケーションは長期間利用してもらうビジネスモデルですから、同じ100万ドルの売り上げをあげるにしても毎年10万ドルずつ10年かかることになる。100万ドルの売り上げ回収を、10年待てる収益構造を持った企業でなければ、ビジネスを継続していくことは難しいのではないでしょうか。

 4つ目のポイントは、3つ目のポイントとも関連してくるのですが、ユーザーに長期間使い続けてもらうためのカスタマーサポートやサービスができるベンダーであるか、否か。これまでのベンダーのビジネスモデルとは異なり、頻繁にお客さまとリレーションをとる体制がなければお客さまはいなくなってしまいます。購入前だけいい顔をして、買ってもらった後は面倒を見ないというベンダーは、生き残っていくことができないでしょう。


―さすがに経験に基づいたシビアな見方です。

ネルソン氏
 既存のアプリケーションベンダーが興味だけで参入しようとしても、簡単にはいかないことがおわかりでしょう?


コストコンシャスな時代にマッチしたSaaSとスイートアプリケーション

―クラウドコンピューティング時代を迎えるにあたり、1つ、心配な点があります。以前にインタビューした際、「ASPブームが起こったすぐ後に、インターネットバブルが崩壊したことで、多くのベンチャー企業が資金不足に陥った」との話がありました。クラウドコンピューティングの幕開けとなった現在は、世界的な金融危機が起こっています。経済環境がクラウドコンピューティング普及に悪影響を及ぼす可能性はないのでしょうか。

ネルソン氏
 確かに現在の金融危機は、すべての産業に影響を与えるものです。企業のIT投資はかなりシビアに行われることになるでしょう。

 ただし、オンライン型のアプリケーションを提供している当社にとっては、逆にビジネスチャンスが生まれると考えています。SaaSは企業が求めるコスト削減要求に合致したソリューションだからです。おそらく、金融危機が起こったことで、SaaSへの移行を早めに決断する企業が増えるのではないでしょうか。

 また、当社に関していえば、ドットコムバブルがはじけた際の経験はプラスに働くでしょう。経済環境が悪化すると、これまでCIOが管轄していたIT部門の予算管理をCFOがコントロールするようになります。その際、予算削減に大きく寄与するのが利用するアプリケーションの数を減らすことなのです。当社のソリューションは、バラバラに提供されていたアプリケーションをスイートとして統合しています。この点から考えても、コスト削減要求が強くなっている時期に適した製品だといえます。

 また、本来であれば競合していたはずの新興(Saasアプリケーション)企業が、資金繰りがつかないため廃業せざるを得ないケースも出てくるでしょうから、この点でもNetSuiteにとってはプラスだと思います。


―新興企業のライバルが減少しても、大企業が新たにクラウド対応アプリケーションを出してくる可能性はありませんか?

ネルソン氏
 すでにさまざまな企業がトライアルしていますが、うまくいったケースはほとんどありません。SAP、Microsoftも立ち上げたプロジェクトがうまくいかず、進行していないと聞いています。


―ITリテラシーが低いといわれる日本市場、特に専任のIT部門が存在しない中小企業においては、SaaSの優位点や商品がスイートであることのメリットを理解してもらいにくいように思います。日本の中小企業ユーザー開拓のために、どんな施策をとりますか。

ネルソン氏
 まず、NetSuite製品に適した業種をターゲットとしたいと考えています。

 NetSuiteユーザーの代表的な業種は、卸業を営む企業、そしてディストリビュータです。これらの業種で共通しているのは、バックオフィスとフロントオフィスが統合されていることで明確なビジネス上のメリットがあるという点です。卸業者は、彼らのお客さまとコミュニケーションをとりながら、在庫確認を行い、さらにその商品を確保し、出荷準備を行う必要があります。CRMとERPが完全に統合されたNetSuite製品であれば、これらの作業をシームレスに行うことができるのです。

 また、SaaSアプリケーションの代表的な特性である、世界中で事業を行っている企業のアプリケーション統合という課題を解決するものとして当社のソリューションが最適であることはいうまでもありません。


―日本での累計ユーザー数は50社ということですが、2006年に法人を設立したにも関わらず、少なすぎませんか?

ネルソン氏
 いえいえ、それは逆です。NetSuite製品の強みは、スイートであること。ところがこれまでの日本語版製品は、完全なスイートではありませんでした。それにも関わらず50社のユーザーを獲得できたのは健闘といっていい。ようやく、完全版のスイート製品「NetSuite-Release J」がそろったことで2009年はNetSuite日本法人にとってブレークスルーの年となると確信しています。



URL
  ネットスイート株式会社
  http://www.netsuite.co.jp/

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  ・ 第五回・ネットスイート-“オンライン特化型企業”だけが生き残った(2006/10/11)


( 三浦 優子 )
2009/01/16 00:00

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