インタビュー

Salesforce 1は、「おもてなし」を加速するプラットフォーム~セールスフォース・宇陀社長をDreamforceで直撃

 米salesforce.comが、11月19日(米国時間)からサンフランシスコで開催している「Dreamforce 2013」では、新たなクラウドプラットフォームである「Salesforce 1」を発表。モバイル時代の新たなクラウドサービスの姿を提示してみせた。

 株式会社セールスフォース・ドットコムの宇陀栄次社長は、「モバイルとクラウドの組み合わせによって、マーケティングの対象が一般消費者から顧客に変わるという大きな節目を迎える発表。日本の言葉に置き換えれば、『おもてなし』を実現するための新たなプラットフォームが登場したともいえる」と語る。

 はたして、Salesforce 1は日本の市場にどんな影響を与えるのか。宇陀社長に、Dreamforce 2013の会場で直撃した。

単なるコスト削減ではなくイノベーションへの意識が高い

――今回のDreamforce 2013は、どんな意味を持ちますか。

株式会社セールスフォース・ドットコムの宇陀栄次社長

 私が最初に参加したDreamforceは2003年で、まだシアターで開催する規模でした。参加者も約1300人。それが、今年は事前登録だけで13万5000人。100倍にも増えています。市場が新たなものを求めているということを感じますね。

 しかも来場者の多くが、ベンダーではなく、カスタマというのもDreamforceの大きな特徴です。Dreamforceを通じて、Salesforceを活用した最新事例を聞くことができ、聞いたアイデアを、追加費用なしで、システムに反映できるわけですからね。

 参加者の多くがDreamforceから何かを学んで、自分たちの仕組みのなかに取り入れていきたい。そうした意識を持った来場者が多いですね。真剣に、知識を共有したいと思っている参加者が多いのが、Dreamforceの特徴です。

 そして、単なるコスト削減のためのクラウド活用ではなく、イノベーションを起こしたいという意識を持った人たちが多い。大手企業のCEOが相次いで来場しているのも、コスト削減のための提案をしているからではなく、イノベーションを提案しているからなんです。

 また、パートナーにとっても、Salesforceの仕組みを活用してビジネスチャンスを広げたいと考えています。その点でも、Dreamforceを通じ、新たなきっかけが作ることができるわけです。

――開催初日に行われたsalesforce.com 会長兼CEOのマーク・ベニオフ氏の基調講演では、「Internet of Customers(顧客のインターネット)」という言葉を用いていましたね。

 これまでの仕組みでは、一般消費者(コンシューマ)という不特定多数を対象にした言い方をしていたわけですが、Internet of Customersという言葉からもわかるように、顧客(カスタマ)という切り口では、One to Oneを基本形として、個別の顧客にな対してベストフィットしたものを提供することができます。コンシューマとカスタマでは、意味合いがまったく異なるわけです。

 私もそうなのですが、多くの人が日常生活のなかでは、さまざまな情報がメールを通じて届きますよね。だが、実際には開封せずに見ないものが多い。

 しかし、個人にオーダーメイドされて、関心がある内容のメールが的確に送られてくるのであれば、見たくなるはずです。ヒットレシオを10倍以上に引き上げることができる。Internet of Customersによって、そういうことができる時代になってきたというわけです。

 そして、One to Oneマーケティングを突き詰めていくと、結局はCRMにつながるのです。Internet of Things(IoT)という、モノとのつながりはこれからのトレンドですが、クルマやカメラ、あるいはソーシャルネットワークをつなげようとすると、必ず人が介在することになる。こうしたところから得られる情報をもとに、さまざまなビジネスの可能性が生まれていきます。

 このときに、個人がプライバシーを侵害されたと感じるのではなく、サービスが快適と感じるレベルで、情報を活用することが大切です。ホテルで、「Welcome」と言われるよりは、「Welcome back」と言われる方が心地いいですよね。そうした世界を、デジタルを活用して実現するのが、Internet of Customersというわけです。

 IoTを前面に打ち出すのではなく、Internet of Customersという言葉を使うのは、顧客中心でものごとを考えてきたsalesforce.comにとっては、ごく自然なものだといえます。顧客の信頼を維持するためには、Internet of Customersという考え方が必要であり、顧客にフォーカスしてきたカスタマカンパニーのsalesforce.comならではの提案だといえます。

「バック・トゥ・ザ・フューチャー」を前面に出した意味

――ベニオフ氏の基調講演では、「バック・トゥ・ザ・フューチャー」を前面に打ち出して、話をしていましたね。これはどう解釈したらいいですか?

 もはや、過去のデータから積み上げていった予測は通用しない。といっても長期的な将来を予測することは難しいですから、せめて今期末から来期ぐらいまでの予測をきちんとやる体制を作ることは大切だといえます。

 また、開発したアプリや導入したアプリも、ちょっと先のことを考えれば、活用方法は違ってくるのではないかという提案でもあります。スマートフォンに入っているアプリも人それぞれですし、そこに法人向けアプリがどんどん入ってくるといったこともこれからは普通になってくるでしょう。

 また、アプリもモバイルファーストで開発される時代がすぐにやってくる。そうしたちょっと先の未来が、Salesforce 1で始まるということを示したものだといえます。

――Salesforce 1は、これまでの延長線上のものなのか、あるいはブランド変更にすぎないのか。それとも本質的に大きな転換を迎えたものなのでしょうか。

 いままでお話ししてきた変化に対応したものが、Salesforce 1だといえます。Salesforce 1は、モバイルを大前提としたプラットフォームであり、どこでも、どのようなデバイスでも活用できる環境にある。

 例えば、これまでは、サーバー上にアプリケーションを開発し、それをモバイル展開する際に中継サーバーを新たに構築し、しかも、デバイスやOSを特定するといった使い方提案しかできなかった。これでは、BYODなんて実現できません。会社もコスト負担になるし、ユーザーも会社用と個人用と、複数の端末を持たなくてはならない。

 しかし、新たなSalesforce 1であれば、こうした問題を解決でき、しかも、セキュリティを保持しながら、コスト削減につなげることができる。これはITの技術者であればあるほど、驚異的な話であることを認識できるはずです。

 これまで、システムインテグレータの仕事は、ベンダーが提供しない不十分さを補完するのが仕事であったともいえます。古い家のすき間を埋めて、すきま風が入らないようにするというようなものです。これは、前向きな仕事ではないですよね。それよりも、きれいな部屋を新たにデザインした方が、利用者も快適です。ただ、それにはクリエイティビティが要求される。誰でもできるというわけではない。そうしたことも、Salesforce 1によって、提案できるようになるというわけです。

 モバイルのために必要となるAPIは全部そろえましょう、そして、モバイル上で開発できるようにしようというのがSalesforce 1であり、モバイル上での利用を前提とした、大きな方向転換を示したものになるといえます。これまでの提案は、過去の資産をモバイル化しましょう、クラウド化しましょうというのものでした。

 しかし、Salesforce 1は、モバイル環境でのユーザビリティを中心にして、必要な既存システムと連携をしていくことになります。ソーシャルメディアと連携し、モバイルファースト、フィードファーストというのがSalesforce 1ということになります。

おもてなしの世界が展開できるSalesforce 1

――日本の導入企業、日本のパートナーに対しては、Salesforce 1をどう説明していくことになりますか。

 社会インフラが変わり、クラウドも、モバイルも、多くの人が否定しなくなるという状況が生まれています。セキュリティレベルに関しても、オンプレミスよりもクラウドの方が高いという認識が強まっています。もともとサービスというのはそういうものなのです。

 例えば、お金を預けるのならば、自宅に置くのではなく、銀行の方が安心というのは一般化した認識です。こうした動きを前提にSalesforce 1が導入されることになります。

 そして、ソーシャルネットワークの存在が、マーケティングの対象を「一般消費者」から、「顧客」へとシフトさせることができる。これが最も重要なキーワードになります。われわれが今後推進しなくてはいけないのが、一般消費者向けの施策でなく、顧客向けの施策となるわけです。

 Salesforce 1のなかで注目しているのは、ExactTarget Marketing Cloudです。2500億円をかけて買収したわけですが、この意味が、今回、明確になってきたのではないでしょうか。私も、最初は、マーク(=マーク・ベニオフCEO)に、「なんで、Eメールのマーケティング会社を買収するのか」と聞いたのですが(笑)、この技術があるからこそ、One to Oneマーケティングが可能になります。

 トヨタカローラ徳島では、Salesforceを導入し、1件1件個別に対応する仕組みを構築。モノを売るのではなく、コトを売るようにしています。クルマを売るということに力を注ぐのではなく、例えば、子供が生まれた、孫が誕生したという大きなイベントの際に、クルマを売るタイミングがあるわけです。

 触れられたくないプライバシーはすべてシャットダウンする。だが、オープンにしている情報をとらえて、「おめでとうございます」といわれれば、顧客はうれしいし、それがビジネスチャンスにつながる。

 いわば、Salesforce 1では、日本語でいう、「おもてなし」の世界が展開できるともいえます。1件1件のユーザーに対して、「おもてなし」で対応していく。マークと話すとわかるのですが、トヨタカローラ徳島での活用事例は、マークにも、かなり大きな影響を及ぼしていますよ。

 こうした「おもてなし」を実現するためのデジタルツールのひとつが、Salesforce 1 ExactTarget Marketing Cloudということになります。Salesforce 1 ExactTarget Marketing Cloudでは、400万件に対して、200通りのキャンペーンを、2人でハンドリングすることができます。

 あるメールを顧客に送信して、それぞれの反応の違いによって、次の手の打ち方を変える。最初は同じものを多くの人に送信しているのですが、顧客の反応によって次に送信するメールの内容を変え、最終的には、発信内容は個人ごとに最適なものに変わっていくわけです。マーケティングの手法を、One to Oneの領域に踏み出したのが、Salesforce 1 ExactTarget Marketing Cloudというわけです。

 Salesforceはプラットフォームであり、ERPや人事管理などに広がっていく動きもありましたが、やはりSalesforceの強みは、顧客接点にあります。営業、マーケティング、サポート、コールセンターといったところを強化し、透過的にやっていく。

 Salesforce 1には、Chatterの機能が標準で搭載され、あらゆる機能が、サポート、コールセンター、営業、マーケティング、経営陣も共有できるようになります。それは、経費削減がゴールではなく、むしろ売上高やシェアを伸ばすために、お客さま満足度を高め、つながりを強化するという点にあります。

 今回の基調講演でも「コネクト」という言葉を何度も繰り返していましたよね。つながっているお客さまに対して、「おもてなし」を提供していきたい。日本人の「おもてなし」の使い考え方が、われわれの製品のなかに反映された。それがSalesforce 1 ExactTarget Marketing Cloudであり、Salesforce 1だといえます。

――セールスフォースが提案してきたカスタマカンパニーの姿が進化したといえますね。

 カスタマカンパニーは、日本人がずっと前から言ってきたことでもありますし、それに向けて取り組んできました。しかし、それは理念、概念、方針である場合が多かったともいえます。われわれがいうカスタマカンパニーは、デジタルを活用して、具体的にこうやる、という実践ケースなのです。「カスタマカンパニー」を実行したい企業こそ、Salesforce 1を活用してほしい。

日本での業績も好調

――米salesforce.comは、同社2014年度第3四半期において、10億ドルの売上高をあげ、さらに、同社2015年度には50億ドルの売上高を視野に入れているとの発表がありました。日本法人はどうですか。

 日本でも、前年実績を上回る形で推移しています。私は、これから販売においてもイノベーションを起こしたいと考えています。Dreamforceの参加者が変化し、製品の機能も何10倍にも広がっていますが、販売のイノベーションは遅れているという認識があります。

――基調講演では、Salesforce 1には、デベロッパー、ISV、エンドユーザー、アドミニストレータ、顧客という5つの観点からの取り組みが重要だと、共同創業者であるピーター・ハリス氏から説明がありました。日本ではどうなりますか。

 日本でもすべての領域に関して力を注いでいくことになります。ただ、私は個人的には、アライアンスにあらためて力を注ぎたいと思っています。特に、ISV、デベロッパー、OEMパートナー、リセラーなどとの関係強化を、今年から来年にかけて集中的にやっていきたいと考えています。

大河原 克行