インタビュー

「クラウドによってイノベーションをお手伝いする会社」~セールスフォース・川原均副社長

 ここにきて、セールスフォース・ドットコム(以下、セールスフォース)の国内大手企業への導入が加速している。それをさらに加速させる立場を担うのが、セールスフォース 副社長 エンタープライズ営業本部長であり、米salesforce.com シニアバイスプレジデントの川原均氏だ。

 日本IBMでソフトウェア事業担当専務執行役員を務め、金融分野や大手製造業などを担当した川原氏が、電撃的にセールスフォースに入社したのは昨年11月のこと。果たして、セールスフォースの大手企業向けのビジネス戦略はどうなるのか。川原副社長に聞いた。

突然のセールスフォース入りの理由は?

セールスフォース 副社長 エンタープライズ営業本部長 兼 米salesforce.com シニアバイスプレジデントの川原均氏

――2012年11月の突然のセールスフォース入りにはびっくりしました。

川原氏
 私の経験がセールスフォースに貢献できるのではないかと考えたこと、また、私自身も変わらなくてはならないと考えたことが背景にあります。

――日本IBMでは専務執行役員としてソフトウェア事業を統括。その後、2011年にはBerlitz Corporationにシニアバイスプレジデントとして入社。そこからの転身ですね。

川原氏
 私は、日本IBMに入社後、金融機関やグローバル製造業を担当したのち、インターネットでB2Bソリューションを提供する新たなビジネスの創出に携わった経験もあります。日本IBM時代には、ユーザー企業のエグゼクティブと会話をする機会を数多く持ちましたし、単にテクノロジーの話をするだけでなく、経営に関する会話が行えるという点で、セールスフォースに貢献ができると考えました。

 一方で、私自身、もっとダイレクトにお客さまとお話をしたいという欲求が芽生えてきた(笑)。クラウド、ビッグデータ、ソーシャルという新たなトレンドが生まれるなかで、技術が製品に落とし込まれ、それをお客さまが導入し、どんな成果が上がるのか。新たなテクノロジーを共有し、これがお客さまにどんな貢献ができるのかといったことを、お客さまとひざを交えて語れるような環境を求めていたともいえます。

 そして、3つめにセールスフォースのビジネスモデルに共感したということです。セールスフォースは、お客さまに使っていただいて初めて収益が生まれるという仕組みです。これまでのIT投資の仕組みは、初期投資が大きく、お金を払ってもらってから、実際に使ってもらう。だから、失敗を生みやすくなり、その改善のための追加投資が多くなる。

 しかしセールスフォースは、効果が出なければすぐにやめられる。ただし、良ければそのまま継続していただけるし、追加投資も、ビジネスを拡大、発展させるための投資となる。セールスフォースを使用しているお客さまの幸せが、そのままセールスフォースの収益になるという仕組みなのです。

日本IBMとセールスフォースのクラウドビジネスには大きな差がある

――「外野」からの意見ですが、日本IBMではさらに重要なポジションにあがっていくことも想定されていたわけですから、Berlitzへの転身、セールスフォースへの入社という選択をしなくてもよかったのでは。

川原氏
 時として、やらなくてはならないことと、やりたいこととは一致しない場合があります。自分のやりたいことをやって得られる納得感や満足感は、やはりお客さまとダイレクトに結びついて、課題を解決したり、新たなことへの挑戦をご支援したいと感じました。

 ゆったりと専用車に乗って、経営全般を、幅広い視点が考えるという仕事には幸せを感じにくい(笑)。

 自分の幸せと、会社の考え方の違いを感じましたね。セールスフォースに入ってから、週末は、セールスフォースの製品を使っている企業に、内緒で出向いて(笑)、実際にどんな様子で使っているのかを見ているんですよ。こんな使い方をしているのかということを、実際の現場で見て、発見できるのは楽しいですよ(笑)。

――日本IBMもクラウドビジネスをやっているわけですが(笑)

川原氏
 確かにそうですが、日本IBMのクラウドビジネスと、セールスフォースのクラウドビジネスには大きな差があります。セールスフォースのクラウドサービスは、SFAやコールセンター、マーケティングといったアプリケーションレイヤが中心となりますが、日本IBMが展開しているクラウドビジネスはIaaSの領域が広く、同じクラウドビジネスに見えてまったくモデルが違います。

 お客さまに価値をダイレクトにお届けでき、効率化といったメリットを提供できるという点では、アプリケーションレイヤであるSaaSのビジネスの方がわかりやすい。セールスフォースのビジネスに関心があるのはそのためです。

――一方で、Berlitzでの経験は、いまのビジネスにどう生きますか?

川原氏
 Berlitzで取り組んできたのは、グローバルリーダーの育成でした。そして、日本を拠点とするグローバル企業のオペレーションも経験することができました。日本の企業にとって、グローバル化は大きな課題ですが、それを実際に経験できたことで、その知見をセールスフォースでも生かすことができると考えています。

セールスフォースはイノベーションを支援する会社だ

――外から見ていたセールスフォースと、中に入ってみたセールスフォースの違いはありましたか?

川原氏
 入社3日後には、米本社に出向いてビジネスミーティングをしていましたから、そのスピード感にはびっくりましたよ(笑)。

 入ってみて感じたのは、予想していたよりも、米国本社と日本法人が緊密な関係を持っているという点です。日本法人が感じたことを、米国本社が確実に受け取ってくれる体制が整っています。

 また入社以前は、セールスフォースはSFA中心の会社であり、コールセンターソリューション中心の会社であると考えていましたが、実際には、イノベーションを支援する会社であることが最大の特徴であり、さらに、セールスフォースが持つイノベーションの力に、多くのユーザー企業が期待をしている会社であるという点でした。

 お客さまが新たなビジネスをしたいと考えた時に、クラウドでなくては対応できないということが増え始めています。新たな事業は、成功するのかどうかわからない、どこまで成長するのかがわからない、そして、ソーシャルやモバイルなどの新たな技術を柔軟に採用したい、といったニーズがあるなかで、果たして、セールスフォースはどんな提案をしてくれるのかということに関心が集まっています。

 これは、セールスフォース自らがイノベーティブな企業だからこそ、期待されている部分でもあります。

「人」中心とした見える化が可能になる

――ここにきて、salesforce.comを採用する大手企業が増加していますね。

川原氏
 セールスフォースが日本でビジネスを開始して約10年を経過していますが、これまでの導入実績は、クラウドに強い関心を持つアーリーアダプタ層の導入だったといえます。

 しかし、その需要が一巡してきたのがいまの段階です。つまり、言い方を変えれば、そうしたユーザー層が次の一歩としてクリティカルな領域においてもセールスフォースを活用してみたいと考え始める一方、日本でも多くの事例が出始めた結果、「うちでも本格的に導入を検討してみよう」という企業が増加したともいえます。

 米国ではフォーチュン500のうち、約8割がセールスフォースを導入しています。これらの企業では、セールスフォースを活用することで、IT投資の構造を変えられるのではないという期待感を持っています。また、新たなサービスを開始する、あるいは新たな事業に取り組むという際に、セールスフォースを活用したいという企業も増加している。

 一方で、企業がおかれた立場が変化していることも、大手企業がセールスフォースを採用し始めた理由のひとつだといえます。モノづくりの企業が、サービスを付加価値にして競争を始めているというのも大きな変化のひとつです。

 マーケットイン型のビジネスを展開しようとすればするほど、サービスの価値が高まる。モノを中心としたビジネスから、人を中心としたビジネスへと転換し始めている。言い方は悪いが、「人」を囲い込むといった動きが加速することになる。

 そうなると、「人」を中心とした見える化が必要になるわけです。例えば、大手自動車メーカーの場合、これまでは自動車を中心にビジネスをしていたわけですが、いまや自動車に関連するあらゆるサービスを提供するという時代がやってこようとしている。

 ソーシャルがそれを一気に加速しようとしているので、ものごとを自動車中心から人中心で考えなくてはならない。自動車中心ではビジネスは限定的だが、人中心になった途端にビジネスの枠が広がり、顧客との接点がさらに深めなくてはならないのです。

 セールスフォースのサービスを活用することで、人の見える化が可能になり、そこに対して、マーケットイン型の付加価値サービスを提供できるようになります。今後、こうしたクラウドによって実現した新たなビジネスの事例を、次々に紹介していきたいと考えています。

 先日、米salesforce.comのエグゼクティブバイスプレジデントである、ヴィヴェック・クンドラが来日しました。彼は、米国初の連邦情報統括官(連邦CIO)を務めた人物で、米国政府のCloud-First政策の提唱者であります。

 日本の民間企業や官公庁を訪問した際、共通的に出た質問が、「どうやってクラウドを経営や政策に落とし込むのか」という点でした。多くの企業がクラウドに大きな関心を寄せており、それを実際に活用したいと考えている証しだといえます。

メンテナンスコストの削減はクラウド移行で可能になる?

――現在、大手企業のIT部門が持つ課題とはなんでしょうか。

川原氏
 これはかなり前から言われていることですが、日本のIT市場は12兆円規模だと言われているものの、そのうち7割がインフラまわりに投資されており、しかも、メンテナンスに多くの費用がかかっている。IT投資の3割しか、新たなシステム投資にまわせない現状を、何とか4割、5割へと高めていきたいというのが、大手企業のCIOが抱える、共通した課題です。

 しかし、これもクラウドを活用すれば、打開策につながるのではないか、という期待が徐々に浸透してきています。また、セキュリティに関しても、多くの投資が必要ですが、クラウドを活用して、高いセキュリティレベルを維持しながら、コストダウンを図ることができないかといった関心も高まっています。

 IT部門が持つ課題を解決する手段として、クラウドはますます重視されてくると考えています。12兆円のIT市場がクラウドにシフトすることで、企業は、より創造的な分野へと投資ができるようになるといえます。

――大手企業に対するセールスフォースの強みはどんなところにありますか。

「クラウドによってイノベーションを起こせる」と話す川原均氏

川原氏
 ひとつは、クラウドに対する幅広いニーズに対し、応えることができるサービスを用意している点です。セールスクラウド、サービスクラウドという領域への展開だけでなく、モバイル、ソーシャルといった大きなトレンドに対して、しっかりと提案ができる環境が整っています。

 特に、ソーシャルネットワークを活用したいという場合には、セールスフォースの強みがより発揮できるのではないでしょうか。

 2つめには、最新の技術を提案できる環境を用意していることです。セールスフォースでは年3回のバーションアップが行われており、これを追加費用なしで利用できる。トランザクションは毎年7割程度増加していますが、その一方で、プラットフォームのチューンアップにより、応答策度はさらに速くなっている。こうした最新の環境で利用できる強みはセールスフォースならではのものです。

 そして、3つめには強固なパートナーシップがある点です。これによって、セールスフォースがカバーできない領域を含めた提案ができるようになります。日立製作所、富士通、電通国際サービスといったミッションクリティカル領域で高い実績を持つ企業との連携を図ることで、幅と質という両面での強化が図れます。

 そして、先にも触れましたがセールスフォースそのものがイノベーションカンパニーであり、多くのユーザー企業がその実績をもとにした提案に期待をしているという点です。経営者はイノベーションを軸にした大競争時代に入っており、その流れをとらえて、いまは、「クラウド2.0 with イノベーション」ともいえる時代に入っています。

 イノベーションを起こすためにはクラウドが不可欠ですし、クラウドによってイノベーションを起こすことができる。それを実現できるのがセールスフォースであるというわけです。新たなアイデアや事業を、単にたし算で推進するという発想でなく、全社を巻き込んだイノベーションへと発展させることが必要です。

 もはや、クラウドはコスト削減や、スピードやアジリティを実現するためのツールではなく、イノベーションのために欠かせないものであるという認識が広がっているといえます。セールスフォースは、イノベーションをお手伝いする会社として、さまざまなサービスを提供していきたいと考えています。

(大河原 克行)