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Information On DemandからInsightへ、キーワードはリアルタイムとプレディクティブ

IBMの年次イベント「Insight 2014」レポート

Jake Porway氏

 米国時間の10月27日、IBMの年次イベント「Insight 2014」が開幕。昨年まで「Information On Demand Conference」と称していたが、今年からはデータを分析して得られる「知見」にフォーカスしたものとなり名称も「Insight」に変更された。

 ゼネラルセッションの司会を務めたのは、昨年同様Jake Porway氏だ。彼は前ニューヨーク・タイムズ紙のデータサイエンティストであり、現在もデータを活用し社会をより良いものにするためのNPOを立ち上げ、実践的にデータを活用する活動を行っている。

 「データの意味をリアルタイムに理解する。そのために実際どうしたらいいかを紹介します」とPorway氏。交通渋滞解消のために個々のクルマに渋滞の状況などさまざまなビッグデータを分析した結果を渡し、ドライバーが適切な判断をリアルタイムにできれば渋滞はなくなりエネルギー効率もよくなる。サッカーなどのスポーツ選手にセンサーを付けデータ収集を行えば、選手の疲労度を把握できけがの予防やパーソナライズ化したトレーニングなども可能となる。

 「いままで不可能だったことを、ビッグデータとアナリティクスが可能にしています」とPorway氏。その結果、これまでにはなかったような仕事のやり方やビジネスが始まっている。例えば、最初はヘルスケア領域で活用されたWatsonが、いまでは金融の世界でも使われ新たな変化をもたらしているとのこと。

 もう1つ異なるのが、「洞察のパワー」をいままでは一握りのデータサイエンティストのような人しか使っていなかったがいまは誰もが使えることだ。これらは「未来のことではなく、現在のことです」とPorway氏は言う。

Watson Analytics

データを活用し予見する

IBM Information & Analyticsグループ シニア・バイスプレジデントのBob Picciano氏

 Porway氏の紹介で登場したのは、IBM Information & Analyticsグループのシニア・バイスプレジデント Bob Picciano氏。「過去とは全く違う時代です。知見に基づいたエコノミー、それが3つの大きな力によってもたらされます。データ、クラウド、そしてシステムズ・オブ・エンゲージメントの3つです」と言い、これらを合わせて使うことが重要とのこと。

 いまや4.5 Quintillion(10の18乗)バイトのデータが日々生まれている。そのようなデータは、ビジネスの副産物でなく、知見を求めビジネスを変革するものとなっている。つまりは、データが成長のエンジンなのだ。手元にあるデータや社内のデータも活用するが「ファイアウォールの外にあるデータのほうが、知見を得るには大事です。それらを活用することで、さまざまな業界で大きな変化が起こっています」とPicciano氏。

 そして、Picciano氏が強調したのが「リアルタイム」と「プレディクティブ(予見)」という言葉。例えばビッグデータをリアルタイム処理して知見を得て、それにより機械の故障などを予防する。航空機エンジンを開発しているプラット・アンド・ホイットニー社が、まさにそのような事例として紹介された。

 商用航空機のエンジンはもちろんF15やF35といった戦闘機エンジンも提供している同社は、航空機エンジンが世界中に普及したことで、開発作業のレベルも変わりカスタマーサポートの転換も行っている。これは、プラット・アンド・ホイットニー社が、正常な航空機運航ができるよう保証するサービスになる。そのために必要なのが予見だ。その部分の実現に、IBMとパートナーシップを組みプレディクティブ・アナリティクス技術を採用している。

 航空機エンジンからは、莫大(ばくだい)なデータが得られる。「そのデータを見てはいましたが、バックミラーをのぞくようなものでした」と言うのはプラット・アンド・ホイットニーのCIO Larry Volz氏だ。

 いまはそのデータをフライトの遅延が発生しないよう予測をするのに活用している。空港で予測するだけでなく、今後は飛行中でも予測できるようにしたい。さらに、燃料消費の改善、飛行地域の違いなども考慮したい。結果的には顧客体験の最適化にフォーカスし、さらにサプライチェーンの停滞が起こらないようにして製品品質の向上にもビッグデータ、アナリティクスを活用したいという。

 「ビッグデータやアナリティクスはテクノロジー追究ではなく、ビジネスの現場が求めるものを提供です」とVolz氏。やろうとしていることをビジネス側で承認してくれなければ困るし、ビジネスの現場がそれによって変わってくれないとさらに困る。一連のビッグデータの活用において「IBMと組むのは正しい選択でした」とVolz氏はいう。

クラウドで知見を得るための2つの新製品

Big DataおよびIntegration & Governanceのバイスプレジデント、Inhi Cho Suh氏

 Big DataおよびIntegration & GovernanceのバイスプレジデントであるInhi Cho Suh氏は、Watson Analyticsを使うことで、分析者は分析よりもデータ探しに時間がかかっていた状況から解放されると言う。多くのビジネスアナリストは、スプレッドシートなどを用い、データを探す、さらにはそれをきれいにすることに時間を割いてきた。分析に必要なデータを簡単に収集し、集めたデータの品質を向上するためにクレンジングを行う。

 そのための新たなクラウドサービスとして発表されたのが「IBM DataWorks」。Infosphere Information Integration & governanceという名前のオンプレミスの製品をクラウド化したもの、と捉えられる。すでにベータとしてBluemix上で利用可能だ。クラウド上のGUIを持ったETLツールのようなものであり、ビジネスユーザーでも容易に使える。今後はさまざまなコネクターなども追加され、さらに進化する予定だ。

 もう1つの新製品として紹介されたのが、「IBM dashDB」。これは「データウェアハウスを素早く作るためのもの」とSuh氏はいう。構成としてはインメモリのカラムナー・データベースと、インメモリのアナリティクス・ツールで構成される。データベースの部分は、インメモリ型だが常にすべてのデータがメモリ上にあるのではなく分析に必要な情報だけをメモリに載せるようになっている。十分なパフォーマンスを発揮しながら、コスト削減に貢献する。

 インメモリ・カラムナーの部分はDB2 BLUの技術を、ディスクから分析に必要なデータを抽出するところはNetezzaの技術を応用しており、2つのデータベースのいいとこ取りでクラウド化した形となっている。Watson Analyticsと同様dashDBもDataWorksとシームレスに連携が可能だ。dashDBはリレーショナル型のデータベースだが、DataWorksを使ってNoSQLなど非構造化データを統合化し分析することも可能だ。DataWorksとdashDBは、IBMが掲げる「すべての製品をクラウド化する」という戦略に基づいた新製品といえる。

dashDB

モバイルアプリケーションをエンタープライズで活用するためのCloudant Local

 ゼネラルセッションでもう1つ発表されたのが、「IBM Cloudant Local」だ。これは、前出の2つの製品とは逆で、クラウドサービスであるCloudantのオンプレミス版サービスだ。

 CloudantはJSONベースのスキーマレスのデータベースを用い、モバイル・アプリケーションを効率的かつ迅速に構築、運用するクラウドサービスだ。すでにスマートフォンなどで利用するゲーム・アプリケーションなどのプラットフォームとして多くの実績がある。ここ最近は、エンタープライズのモバイル・アプリケーション開発、運用にも拡大している。

 エンタープライズ用途となると、すべてのデータをクラウドに持って行きたくない場合もある。例えば顧客データなどは手元に置きたい場合もあるだろう。そういった要求に応えられるようにするのが、今回のCloudant Localだ。Cloudantのサービスには、前出のdashDBのエントリー版機能も無償で含まれようになる。

 モバイルアプリケーションをエンタープライズ向けに強化する背景には、業界を驚かせたAppleとの業務提携もあるようだ。IBMにはエンタープライズ、Appleにはモビリティの経験とスキルがある。両社が手を組むことでエンタープライズなモバイル・アプリケーションの世界を拡大していくのだ。

 単にIBMの環境で構築、運用するエンタープライズ・アプリケーションがAppleのiPadやiPhoneで利用できるだけではない。最初からモバイルで使うことを前提にしたアプリケーションであり、モバイル端末が持っているカメラやGPS、NFCなどの独自機能を生かすことで、新たなモバイル・アプリケーション活用の世界が生まれることにもなる。

 Cloudantなどを活用し構築されるエンタープライズ向けのモバイルに最適化されたアプリケーションには、モバイルに特化した設計があり、dashDBで実現するアナリティクスもある。後ろにはエンタープライズのビジネスプロセスがある構成となる。具体的にAppleとどのような技術連携が始まっているかは、ゼネラルセッションで言及されなかったが、端末の特性を生かすための技術連携は始まっているようだ。またビジネス面でもIBMでビジネス提案を行う部隊が、すでにApple端末を含む提案を積極展開しているとのことだ。

顧客とのエンゲージメントを最初から考える

 エンタープライズのモバイル・アプリケーションが登場することで実現しやすくなるのが、3つめの大きな力として示したエンゲージメントだ。このエンゲージメントでは顧客と企業がつながる。「モバイル、ソーシャルに対する顧客の期待が変わってきました。個人化されたサービスが期待されています」と司会のPorway氏は言う。個人化したサービスの実現には、Watson AnalyticsやdashDBなどを用い顧客情報を分析し活用する。

 そして、分析し顧客を理解した次のステップでは、より顧客に近いところで適切な情報やサービスをタイムリーに提供する。そのために必要になるのがエンタープライズ向けのモバイル・アプリケーションというわけだ。つまりは顧客とのエンゲージメントを考えながら、モバイルのアプリケーションを作る必要がある。これについては、銀行が開発した顧客が思い立ったらすぐに預金ができるモバイル・アプリケーションでの成功事例が紹介された。これを使えば、いつでも簡単に預金が行える。顧客状況を分析し、適切な情報をタイムリーに提供したことで、大きな預金獲得につながったのだ。

 こういった顧客とエンゲージメントするモバイルのアプリケーションはデジタルと物理の接点となるビジネス領域での活用が期待できる。さらにビジネスだけでなく、救急隊員など現場で瞬時に正確な判断が求められるような領域への応用も考えられる。

 「次の大きな可能性は何か、これまでは使えなかったけれど次に使えるものは何か、そういうものを企業は考えることが重要です。いまはまさに変革の幕開け、仕事のやり方を変える時です。よりスマートな仕事のやり方になるはずです。高度なテクノロジーを使うことで、魔法のようなことが実現できるようになります」とPorway氏は予見した。

谷川 耕一