大河原克行のクローズアップ!エンタープライズ

われわれはテクノロジーの大きな変曲点にいる――、米IBM ジョン・ケリーSVPが語る“データ”の重要性

社会に大きな影響を及ぼす量子コンピュータ

――IBMは、量子コンピュータに力を注いでいます。これは、社会にどんなインパクトを与えるものになりますか。

 量子コンピュータは、これまでとは比べものにならないほどの指数関数的な発展が見込まれるものになります。第1世代のマシンだけで、IBMが開発した過去60年間のコンピューティング性能を凌駕するものになっています。

 さらに次のステップに進むだけで、指数関数的な発展が見込まれます。つまり、量子コンピュータで、何ができるのかを考えることさえも難しいといえます。私自身、これによって、何ができるのかを想像することさえ苦労しています。

 進化そのものは、数学的に推し量ることができ、新たな分子の発見などに応用できることはわかります。しかし量子コンピュータでは、(人間が)これまで一生をかけても解決できなかったことを数秒でできるようになったり、一生涯をかけて発見できなかったことを短時間に見つけてしまったりすることになります。

 そうしたことを考えた場合に、このマシンの能力が、人や社会にどんな影響を及ぼすのかを想像するは極めて困難です。そして、量子コンピュータによるコンピューティング性能の飛躍に、AIを追加したらどうなるのか。まさに、想像できないものになります。

 私は、最初に量子コンピュータを考えたときには、これを生涯のうちに見ることができるかどうかを疑問視していました。しかし10年ほど前から、この勢いであれば、量子コンピュータを見ることができると考えるようになりました。

 そして今では、量子コンピュータを必ず見ることができるという確信がある。それだけ、進化が指数関数的になっています。

――量子コンピュータの進化において、課題や懸念事項はありますか。

 技術面での課題を挙げるとすれば、まずは、安定した多くの数の量子ビット(Qbit、量子情報の最小単位)を作り出すということです。さらに大きな課題は、多くのエラーを発生することなく、大量のQbitをつなげるということです。

 もうひとつは、量子コンピュータ上のプログラムを最適化することです。これまでのプログラムとは大きく異なるものが必要であり、そのための取り組みは課題のひとつだといえます。

 一方で社会への影響という点では、これまで以上にディスラプションを加速することになるという点が挙げられます。例えば、どんな強さの暗号化技術も、量子コンピュータを使えば瞬時に解読されてしまう、ということになりかねない。今までのすべてのセキュリティ技術が無意味なものになってしまう可能性もあるわけです。

 そこで大きな問題となってくるのは、「誰が量子コンピュータを持つのか」「誰が量子コンピュータを使うのか」ということになります。持つ者と、持たざる者との差が大きく、持つ者が巨大な優位性を発揮することになります。

 量子コンピュータを持っているものが勝つ立場になり、それ以外のコンピュータを持っていても、何の意味もなくなるということが起きる。持つ者が、確実に勝利を収めるというタイミングが訪れるわけです。言い換えれば、どの国や企業、個人に対して、量子コンピュータへのアクセスを認めるのかが大切な要素になってきます。

 現在の量子コンピュータの速度を考えた場合には、指数関数的に改善が進んでいくでしょう。その点では、2・3年のうちに、ごく少数の人たちや、ごく少数の国が、量子コンピュータにアクセスすることができるようになります。

 IBMでは、すでに20Qbitの量子コンピュータを提供できる環境を整えていますし、現在、50Qbitの量子コンピュータを開発しています。ここ数年で、誰が使うのかということを考え、決定しなくてはなりません。

Think 2018で展示された50Qbitの量子コンピュータの試作品

 IBMの企業文化や価値観は、発明するだけでなく、責任を持って導入するところにあります。クレイジーなやり方では導入はしません。今の技術進化をとらえると、IBMが量子コンピュータを社会に対して最初に導入することになるでしょうが、その際には、大きな責任を持って、導入しなくてはならないと肝に銘じています。

――量子コンピュータは、企業競争におけるバランスも変えることになりますか。

 繰り返しになりますが、他者に先駆けて量子コンピュータを持った企業や国は、巨大な優位性を持ちますから、当然、企業競争においても、これまでのバランスを完全に崩すことになります。小さな変化ではなく、まったく違った状況を生み出す可能性があります。特に、テクノロジーの会社では、ディスラプションが起こると考えられます。

 ただ、量子コンピュータの活用には、これまでとは違った準備が必要ですし、そこに大変な労力と困難を伴います。最初は、2社か3社の企業、あるいは数少ない国が利用できるだけにとどまるでしょう。

 しかし、量子コンピュータによる変化は、数年後には必ず起きます。企業の経営者はそれに早く気がつくべきです。

 IBMでは、IBM Q Networkを通じて、20Qbitの汎用量子コンピューティングシステム「IBM Qシステム」をクラウドベースで提供しますが、IBM Q Network参加メンバーには、ここへのアクセスがオファーされることになります。そして、IBMのサイエンティストやエンジニアと直接連携し、特定の業界向けに量子コンピューティングの活用分野を開拓することになります。

 現在、IBM Qシステムを利用できる最初の顧客として、JPモルガンチェース、ダイムラーAG、サムスン、JSR、バークレーズ、日立金属、本田技術研究所、長瀬産業、慶應義塾大学、オークリッジ国立研究所、オックスフォード大学、メルボルン大学といった12の企業、団体、学校の名前が挙がっています。

 このなかには、日本の企業や大学も名前を連ねていますが、そうした企業のCEOやCIOは、今の時点から、量子コンピュータを学んでいかなくてはならないという危機感を持っています。

 この技術は、今は研究開発段階ではありますが、実用化が見込まれる2・3年後に動きはじめては遅すぎるということをしっかりと理解しているわけです。IBM Q Networkを活用することで、今から量子コンピュータの世界に触れたり、学んだりすることができるわけです。

 今は大変な時期が訪れています。それに対して、われわれも、慎重に、責任を持って行動しなくてはなりません。これまでにもテクノロジーの変化には、責任が伴いましたが、今回の変化は、これまで以上に責任が重要になると考えています。