クラウド&データセンター完全ガイド:イベントレポート

デジタルが導くクルマと社会の未来―“攻め”の日産を支えるグローバルITインフラ構築・運用の実際

クラウド&データセンターコンファレンス 2017 Summer オープニング基調講演

デジタルが導くクルマと社会の未来―“攻め”の日産を支えるグローバルITインフラ構築・運用の実際 	https://book.impress.co.jp/books/1117102046

弊社刊「クラウド&データセンター完全ガイド 2017年秋号」から記事を抜粋してお届けします。「クラウド&データセンター完全ガイド」は、国内唯一のクラウド/データセンター専門誌です。クラウドサービスやデータセンターの選定・利用に携わる読者に向けて、有用な情報をタイムリーに発信しています。
発売:2017年9月29日
定価:本体2000円+税

2016年、ルノー・日産アライアンス総販売台数は996万1347台に達し世界4位に――自動車業界の変貌期に“攻め”の姿勢を崩さない日産。好調な業績を支えるのが、中期IS/IT戦略「VITESSE」に基づき、日・仏・米の3拠点を軸に構築されたグローバルITインフラである。2017年6月20日、東京都内で開催されたクラウド&データセンターコンファレンス2016-17(主催:インプレス)のオープニング基調講演に、同社グローバルIT本部でチーフITアーキテクトを務める石島貴司氏が登壇。デジタルビジネスで要求される高い俊敏性・柔軟性を獲得すべく、クラウドや先端OSSも果敢に採用したグローバルITインフラの設計・構築の軌跡を詳らかにした。 text&photo:狐塚 淳(クリエイターズギルド)

今後のクルマのキーワードは「電動化と知能化」

写真1:日産自動車 グローバルIT本部 ITアーキテクチャー&プロダクションサービス部 チーフITアーキテクト 石島貴司氏

 ITインフラの提供側と利用側双方にとっての課題を挙げ、今後を展望した「クラウド&データセンターコンファレンス2017 Summer」。オープニング基調講演のステージに立った石島氏(写真1)は、10年以上にわたって日産のITインフラ構築・運用を手がけてきたキーパーソンである。講演の冒頭、同氏は現在の日産の取り組みを紹介した。

 「電動化と知能化がこれからの技術的な2本柱に位置づけられています。電動化ではリーフ(LEAF)をはじめとした電気自動車(EV)やハイブリッド車(HV)で、知能化では最終的に完全無人運転を目指した設備投資で、共に数々の技術を開発し投入してきました」(石島氏、図1)

 取り組みから生まれた最新成果の中で注目なのが、ハイブリッド駆動システム「e-POWER」と自動運転システム「プロパイロット」の両技術だ。グローバルコンパクトカーのノート(NOTE)に搭載されたe-POWERは、駆動方式としては100%EVだが、モーターを回すためのガソリンエンジンを搭載し充電も同時に行えるという画期的なシステムで話題を呼んだ。一方のプロパイロットは、ミニバンのセレナ(SERENA)に搭載された技術で、現時点では単一車線自動運転だが、渋滞時の高速道路などで力を発揮する。日産は、NASA(アメリカ航空宇宙局)や米マイクロソフトなどと技術提携を結び、2018年には高速道路の複数車線をまたがる技術を、2020年には市街地・交差点も自動運転で走れる技術をリリースする計画を進めている。

デジタルが導くクルマと社会の未来―“攻め”の日産を支えるグローバルITインフラ構築・運用の実際 図1:日産は「電動化」と「知能化」をこれからの2本柱と位置づけている(出典:日産自動車)
図1:日産は「電動化」と「知能化」をこれからの2本柱と位置づけている(出典:日産自動車)

中期経営計画と同期したIS/IT戦略

 2011~2016年度の中期経営計画は「Nissan Power 88(日産パワー88)」。この時期、ブランドパワーとセールスパワーの同時強化を掲げて、市場占有率、営業利益率共に8%達成を目標に取り組んだ。

 読者ならご存じの方も多いと思うが、同社におけるITの導入・活用は、6カ年の中期経営計画と同期したIS/IT戦略に沿って推し進められている。これは2004年に行徳セルソ氏(現職:常勤監査役)が日産のグローバルCIOに着任したときから始まったものだ。

 行徳氏が率いることになった新Global IS/IT組織は、2005~2007年度の「日産バリューアップ」、2008~2010年度の「日産GT2012」という2つの中期経営計画期間にまたがるかたちで「BEST」プログラムを策定。その次の2011年~2016年度がNissan Power 88と同期した「VITESSE」(ヴィテッセ)である。2017年度からの中期経営計画は現時点で未公表だが、IS/IT戦略についてはGlobal IS/IT組織がデジタル時代への対応をメインに先行策定し経営から承認された「INNOVATE」(イノベート)が始動している(図2)。

デジタルが導くクルマと社会の未来―“攻め”の日産を支えるグローバルITインフラ構築・運用の実際 図2:中期経営計画と同期する日産のIS/IT戦略(出典:日産自動車)
図2:中期経営計画と同期する日産のIS/IT戦略(出典:日産自動車)

 Global IS/ITは、世界6つのリージョンで合計1326名の従業員を擁し、各リージョンがそれぞれの地域・国の独自性に対応しながら活動を行っている(図3)。「複数のリージョンに分かれながらも全体のグローバルガバナンスを維持すべく、ISの組織構造は全リージョンで同じにしている」(石島氏)のが特徴となっている。

デジタルが導くクルマと社会の未来―“攻め”の日産を支えるグローバルITインフラ構築・運用の実際 図3:Global IS/ITは、リージョンごとの独自性を保ちながらグローバルガバナンスを構築(出典:日産自動車)
図3:Global IS/ITは、リージョンごとの独自性を保ちながらグローバルガバナンスを構築(出典:日産自動車)

「BEST」でリージョン単位の最適化に着手

 日産が展開するあらゆるIT施策を支えるグローバルITインフラ。その刷新は2000年代前半に着手され、2004年度からのBEST期間、その次のVITESSE期間に入っても継続して行われた。その中でインフラチームが一貫して取り組んだテーマが「最適化」である。

 日産では1990年代後半に経営悪化が極まり、1999年3月、仏ルノー(Renault)との資本提携に伴いカルロス・ゴーン氏(Carlos Ghosn、現・代表取締役会長)が経営再建役としてCOO(最高執行責任者)に就任。ゴーン氏の陣頭指揮で3年間の「リバイバルプラン」が遂行されたのは有名な話だ。

 「IT部門にとって我慢の時期とその反動」と石島氏は表して、リバイバルプランが終了した当時の状況を次のように振り返った。

 「リバイバルプランの時期にIT部門が手がけたことの大半は徹底したコスト削減でした。その反動から、2002年以降は一転してIT投資に力を注ぎました。ところが、2000年に大々的なITアウトソーシングを進めて、IT部門の人員が非常に限られていたのにもかかわらず、次々と大規模なIT投資に走ったのです。その結果、2004年の時点で当社のIT環境はぜい肉だらけの状態に陥っていました」

 経営危機に陥る前の日産では、国内外で新しい組織や工場が次々と立ち上がっていた。IT部門は拡張してもすぐに逼迫するITインフラを極力速く安く調達することに奔走した。だが、その過程で要素技術、セキュリティレベル、サービスレベルが国や地域、拠点ごとにバラバラなITインフラが構築されてしまうこととなる。

 「この状態では、ビジネスのスピードに追従して俊敏にシステムを構築することがかないません。そこでリリースの期間を短縮すべく、グローバル標準化の方針でバラバラだったレベルを統一することに取り組みました」(石島氏)

 本当の意味での挽回は、行徳氏がグローバルCIOに就任した2004年から始まる。BEST戦略の下、各リージョンのITインフラを「サーバー&ストレージ」「メインフレーム」「エンドユーザーコンピューティング」「テレコミュニケーション」に定義・分類をし直し、それぞれでの最適化に取りかかった(図4)。

デジタルが導くクルマと社会の未来―“攻め”の日産を支えるグローバルITインフラ構築・運用の実際 図4:BESTプログラムに基づくテクノロジー・シンプリフィケーション(出典:日産自動車)
図4:BESTプログラムに基づくテクノロジー・シンプリフィケーション(出典:日産自動車)

 サーバー&ストレージについては、これまで各プロジェクトで自由に機器を選定し導入していたものをインフラチームで引き取り、標準プラットフォームに準拠したものを提供するようにした。「同時に、サーバーやストレージの物理リソース統合を進め、コストパフォーマンスを改善しながら高品質な共用サービスの提供に努めました」(石島氏)

 メインフレームについてはアプリケーションの開発中止を宣言し、オープンシステムへの移行・ダウンサイジングを進める道を選択した。エンドユーザーコンピューティングでは、ハードウェアの標準化を徹底して行った。テレコミュニケーションについては、「データセンターを中心に過大な投資を重ねたため、ネットワークが非常に複雑化してしまった」(石島氏)反省から、各リージョンに適用するテンプレートをシスコシステムズなどの協力を得て作成し、スパゲティ状態と化したネットワーク構造の複雑性を解消していった。合わせて、IP電話やテレビ会議などのコラボレーションツールを高いネットワーク品質でグローバルのエンドユーザーに提供できるようにもした。

「VITESSE」でいよいよグローバル最適化へ

 上述のBEST戦略における6年間の実践と成果が礎となり、2011年度からのVITESSEでいよいよ、ルノー・日産アライアンス全体でのグローバル最適化(アライアンス最適化)に挑むことになる(図5)。VITESSEでは、「Value Innovation(クロスファンクション/クロスリージョンのソリューションによるビジネス価値の最大化)」「Technology Simplification(システムのシンプル化によるIS/ITコスト最適化)」「Service Excellence(生産性向上による効率化と品質の追求)」の3軸が定められ、それぞれでの活動が11のイニシアティブとして定義された。

デジタルが導くクルマと社会の未来―“攻め”の日産を支えるグローバルITインフラ構築・運用の実際 図5:VITESSEプログラムに基づくリージョン最適化からグローバル最適化(アライアンス最適化)へのシフト(出典:日産自動車)
図5:VITESSEプログラムに基づくリージョン最適化からグローバル最適化(アライアンス最適化)へのシフト(出典:日産自動車)

 具体的な作業として、インフラチームはITを1つ1つのサービスとしてモジュール化し、さらにそのモジュールごとに備わるファンクションを定義するためのテンプレートを作成。この作業によってルノーや米国のスタッフとの対話の基準ができあがった。

 次の課題は最適化実行の順番だ。「アウトソーシングの場合、モノの費用とオペレーションの費用はおおよそ半々。モノの費用だけでなく、スタッフ個々人のコストパフォーマンスにまで踏み込まないと大幅なコスト削減は不可能です。そこで、まずモノの標準化から始めることにしました」と石島氏。より難度の高いオペレーションの最適化は、モノの標準化がある程度進んだ段階でHCM(Human Capital Management)ソフトウェアを導入して取り組んだ。

 さらにインフラチームは、同じ技術を各リージョンで追いかけることの非効率にもメスを入れる。「グローバルレベルで分業化を進め、ITリソースをグローバルでバーチャルに共有しました。これにより重複を減らし人材不足を解消していきました」(石島氏)

 個別最適から全体最適に向かう際に、一貫したルールやガバナンスの存在は絶対に不可欠である。インフラチームは、ルノー・日産アライアンスとしてのグローバルガバナンスの下、まずネットワークとエンドユーザーサービス、その後にサービスアプリケーションのコンピューティングプラットフォームという順番でグローバル最適化を進めていった。

 取り組みの成果は数字が物語っている。アライアンスコンピューティング環境は2011~2014年度の3年間で、スタッフ50人が550サイト、3500アプリケーション、17万6000エンドポイントの運用を担いながら、1800万米ドル(約19億9900万円)のコスト削減を実現した。また、サービスデスク環境が2016年4月にグローバルで共通化され、15言語・220サイトで10万4000人のユーザーをサポート。ここでは16.1%のコスト削減が図られることとなった。

世代管理で進化を続ける標準プラットフォーム

 日産のグローバルITインフラの要となる標準プラットフォーム。最大の特徴は、プラットフォームに「世代管理」の概念を取り入れている点だ。

 Global IS/ITは、6年間のIS/IT戦略プログラム期間中、同時に新旧2世代の標準プラットフォームを管理しながら新世代への移行を図り進化させていくというライフサイクルを構築している。第1世代では日産内の共通プラットフォーム化、第2世代では仮想化を採用してWindowsとLinuxの両OSのサポートを完了し、範囲をルノーのIT環境にも拡大。第3世代では、これまでの方向性を継承しつつ新技術への対応を図り、CAD環境を担うシーメンスのチームセンターともプラットフォームを共通化した(図6)。

 標準プラットフォームがもたらした効果として、2017年6月時点で2655ノードが物理サーバー221台で稼働し、仮想化集約が順調に進んでいる。石島氏によれば、ITリソース提供のリードタイムも以前なら2週間かかっていたものが、最短1日で可能となっているという。

デジタルが導くクルマと社会の未来―“攻め”の日産を支えるグローバルITインフラ構築・運用の実際 図6:世代管理による標準プラットフォームのシフトアップ(出典:日産自動車)
図6:世代管理による標準プラットフォームのシフトアップ(出典:日産自動車)

 この時期を通じて、インフラチームはコストパフォーマンスを維持しながら、さまざまなサービスの提供に貪欲に取り組んだ。石島氏は、VITESSEの最終年度の成果として、「サポートするユーザー数とTCO(総所有コスト)の指標から、コストパフォーマンスをほぼフラットに袂ながら全体の最適化、効率化を実現することができました」と自チームの活動を評価した。

日産のデジタル経営を支える「INNOVATE」

 VITESSEプログラムの完了と共に一区切りを迎えた日産のグローバルITインフラ刷新だが、もちろんGlobal IS/ITの取り組みに終わりはない。この先6年のINNOVATEプログラムは、「データ駆動」「俊敏性」「革新性」の3つのキーワードを掲げ、デジタルテクノロジープラットフォームの整備に本腰を入れることになる(図7)。

デジタルが導くクルマと社会の未来―“攻め”の日産を支えるグローバルITインフラ構築・運用の実際 図7:INNOVATEプログラムで目指すデジタルテクノロジープラットフォーム(出典:日産自動車)
図7:INNOVATEプログラムで目指すデジタルテクノロジープラットフォーム(出典:日産自動車)

 石島氏は、デジタルテクノロジープラットフォームの構成要素として必要な3つのプラットフォームを挙げた。「1つ目がデータドリブンを支えるビッグデータ/IoTプラットフォーム。2つ目がビジネスのスピードに追従するためのハイブリッドクラウドプラットフォーム。3つ目がデジタル化の進展により危険が増しているサイバー攻撃に対処するセキュリティプラットフォーム。この3軸でデジタルテクノロジープラットフォームを実現していきます」

 具体策として、ビッグデータ/IoTプラットフォームでは、ビッグデータへの扱いを容易にするためのデータのカタログ化と、そこからビジネス部門のユーザーが直感的に洞察を引き出すことを可能にするビッグデータパイプラインサービスをHadoopベースで構築するプロジェクトが始動している。また、ハイブリッドクラウドプラットフォームの推進では、基幹系システム(モード1)で旧プラットフォームからの移行を急ぐと同時に、新たな価値を創出するシステム(モード2)として、クラウドファーストな考え方、文化、組織、プロセスの確立にも注力する構えだ。

 石島氏は最後に、近年の取り組みの1つとして、システム/アプリケーションのモダナイゼーション(現代化)プロジェクトを紹介した。「一連の構築や移行を短期間かつ低コストで行うための、アプリケーションポートフォリオ分析の取り組みです。既存のシステムやアプリケーションのビジネス価値を数値化し、それをベースに、アプリケーションの廃止、再構成または改修、プラットフォームの単純アップグレードといったような仕分けを行っています」(石島氏)。また、このプロジェクトのコントロール拠点として、インドの開発子会社がモダニゼーションサービスを手がけているという。

 デジタルトランスフォーメーションの潮流の中、新技術へのたゆまぬ対応や、クルマの範疇を超えた領域でのビジネスの立ち上げなど、ルノー・日産アライアンスの経営には今後、さらなる変化が待っている。中期経営戦略と同期したIS/IT戦略に基づき、6年単位で刷新を重ねてきたグローバルITインフラは、経営やビジネス部門が挑むさまざまなイノベーションを文字どおりの基盤として支えることになるだろう。

クラウド&データセンター完全ガイド2017年秋号