事例紹介

瓦礫の下の医療、ITの役割は?~災害派遣医療チーム・DMATの訓練を見てきた

阪神淡路大震災 20周年 特別企画

災害拠点病院での戦い

 負傷者多数――。知らせを受けた利根中央病院、群馬大学付属病院、前橋赤十字病院、太田記念病院、沼田病院などの「災害拠点病院(※)」では、患者の受け入れ準備が急ピッチで進められていた。

※災害拠点病院……地域の医療機関への支援機能を有し、災害時に中心的な役割を担う医療機関。阪神淡路大震災を機に設置が提言された。建物の耐震性、高度診療機能、資器材の備蓄、応急収容場所、近接地のヘリポート確保などが条件で、災害による傷病者を優先的に受け入れる。

利根中央病院

 利根中央病院でも、病院および患者の情報を取りまとめる「災害対策本部」を立ち上げるとともに、同院所属の群馬DMATにより「DMAT本部」が設置された。DMAT本部は、災害対策本部から病院・患者情報を吸い上げ、DMAT全体で共有するために立ち上げられる。

 併せて、治療スペースやトリアージセンターの設営を開始。治療スペースはトリアージタッグの色に応じて「レッドゾーン」「イエローゾーン」「グリーンゾーン」の3カ所が設置され、患者搬送までの間にスタッフによるミーティングが行われていた。

 同院では災害時に「アクションカード」を職員に配布する。カードには「役割」と「行うべき業務内容・手順」が書かれており、そのまま「マニュアル」代わりになる。スタッフはこのカードを配布されて初めて、当日の自分の役割を知るという。

 外科部長の関原正夫氏によれば「職員配置の短時間化を図るのが狙い。あらかじめ役割を決めておくと、災害時にスタッフが不在の場合、人員のバランスが保てなくなる。災害時に在院するスタッフを状況に応じて最適配置するのに有効」なのだという。

災害対策本部。病院および患者の情報を取りまとめる
同院所属の群馬DMATによりDMAT本部開設
DMAT本部は災害対策本部から情報を吸い上げ、他部隊と共有する
トリアージタッグの色に応じた治療スペースが設置される。患者が搬送されるまでにミーティングを行う様子

 発災から数刻――。患者が病院入口前のトリアージセンターに運び込まれた。ここでは、災害に特化した「院内トリアージナース」として養成された看護師らが、災害現場で一次トリアージ済みの患者に二次トリアージを実施する。患者の容態は時間とともに変化するため、トリアージは繰り返し行われるのだ。

 重症度・緊急性の観点から再トリアージも「赤」タグ患者から行われるのだが、「緑」タグ患者も骨折などの怪我をしているわけで、時に「こっちも診てください!」と騒ぎになることも。状況を説明し、「赤」タグから処置する必要性を理解してもらうのも重要な仕事となる。

トリアージセンターに運び込まれた患者に二次トリアージを実施
「緑」タグの患者。「こちらにも治療を」と騒ぎになる場合も
トリアージは客観的かつ簡素に判定できる「START法」などにより、1人あたり30秒ほどで完了する
判定結果に応じてトリアージタッグの色のついた部分を切り取る
患者の状態を即座に把握できるように右手首に結びつける

 トリアージ後は「赤」タグ患者から院内に運ぶ。レッドゾーンは搬送経路が最も短い入り口近くに設置されている。次々と運び込まれる患者に対して、医師は2~3名。ストレッチャーのスペースも足りなくなるころ、現場の慌ただしさは極限に達する。

「赤」タグ患者から院内へ
レッドゾーンに次々と運び込まれる患者たち
慌ただしさは極限に
イエローゾーンやグリーンゾーンでも治療開始。レッドゾーンと比べると、時間の流れが幾分ゆっくりに感じられるが、それでも平時の医療からすると重症患者であることに変わりはない

 災害対策本部では、患者の状態に応じて入院や搬送といった判断が行われていく。そこへ消防から入電。「沼田病院でオペ室倒壊、入院・受け入れ不可」。急きょ、沼田病院から「赤」タグ患者2名がこちらへ回されることになった。この日は未明からの雨が濃霧を生み、ドクターヘリが飛べず、搬送手段も制限されていた。病院の医療現場でも次から次へと不測の事態が起きる。

災害対策本部では、患者の状態から入院・搬送などを判断
病院と消防の情報共有をスムーズにするため、災害対策本部には消防隊員も
沼田病院ではオペ室が倒壊
赤タグ患者が急きょ回されてきた

 こうした事態は、通常の病院機能のキャパシティを大きく超える。そこで被災地の病院支援として、災害拠点病院の機能を維持することもDMATの役目となる。病院の状況に応じて、他県の医療機関からDMATが派遣されるのだ。利根中央病院にもほどなくして茨城、埼玉、神奈川、東京の各都道府県からDMATが到着。病院支援を開始した。

 DMATは「災害医療のスペシャリスト」として院内での治療をサポートする。さらにDMAT本部の統括も担う。この日は、本部統括の資格を有する茨城DMATのチームが情報コントロールの権限を譲り受け、混乱の制止と情報の統制を図っていた。

各県のDMATが到着。治療のサポートとDMAT本部の統括を担う
院内での治療をサポートする各県DMAT
茨城DMATが本部を統括。病院・患者情報を吸い上げていく

 こうして各病院で取りまとめられる病院・患者情報などは、県庁などに設置される「DMAT調整本部」に集約される。そこでは膨大な情報を前に、さらに広域な「情報戦」が始まっていた――。

(川島 弘之)