事例紹介

ビッグデータ分析で「顧客時間」の拡大に挑む、無印良品のO2O戦略

「Redshift」「Tableau」「Tresure Data」を駆使する先進事例

3つのビッグデータ分析ツールを駆使

 顧客時間に着目することで、同社が手に入れるデータはより多様性を増すことになった。もっとも、MUJI passportの導入により変わったのはデータの多様性だけではない。ネットとリアルの両方から入ってくるデータの“量”も以前に比べて大きく増えている。1日に200万件、年間では9億件を超えるという膨大な行動データをどう処理し、分析に活かしているのか。

 同社では現在、クラウド型DWH「Amazon Redshift」、BIツール「Tableau」、データ収集・加工・分析ツール「Treasure Data Service」という3つのビッグデータ関連ツールを駆使している。

 日々の購買データはリアルタイムなデータウェアハウジングを実現するRedshift上に集約し、BIツールのTableauを使ってアドホックに閲覧/分析する環境を整えている。Tableauはここ最近、日本でもユーザー数を急速に伸ばしているが、「ITに詳しくない営業部の人間にもTableauのUIは分かりやすい」(山際氏)とここでも好評のようだ。

 Redshiftのデータ処理におけるコストパフォーマンスやスピードにもおおむね満足。DWH環境として「Greenplum」や「Neteeza」といったソリューションも候補に上がったが、こうした既存のDWHではどうしてもコストが重くなってしまうため、Redshiftに軍配が上がった。POSデータ前提のDWHと異なり、スマホのような新しいデバイスが生み出すデータは新しいプラットフォームで処理するほうが適している場合も多い。

 その上で、HadoopベースのTresure Data Serviceも採用したのはなぜだろうか。それはやはり、データの量が大きなポイントになったという。「年間1億件程度のデータであればRedshift+Tableauで十分かもしれません。しかし、それ以上のデータすべてをいろいろな角度で集計しようとすると厳しい。また、現在の小売業界にとって重要なのは“誰が”という視点での分析。アプリにログインした時間、来店した日時、購入した商品、検索した商品、残したコメント、そうしたすべてを“誰が”にひも付けて分析し、顧客ごとの満足度を高める。例えば、ログイン前のユーザーの行動を“誰が”にひも付けるには膨大なデータの蓄積と一次加工、そして過去にさかのぼってデータをぐるぐると照会する必要があります。そうした場合にはHadoopベースのTreasure Dataの方が向いているのです」と山際氏。

 ご存知の方も多いだろうが、Treasure DataそのものはAWS上で構築されているクラウドサービスである。その最大のメリットはやはりコストだと山際氏は強調する。「まずハードウェアなど初期投資が必要ないこと。これは本当に大きい。また基本的な運用はほとんどお任せできる点もありがたいですね。我々はITの会社ではないので、プラットフォームのメンテナンスなどに時間を取られるのはやはり避けたい。人件費で計算すれば1000万円以上の効果は確実に出ています」と山際氏。

 クラウドでデータ分析を行っているというと必ず懸念されるのがセキュリティだが、良品計画では現在、「個人情報などの生のデータや基幹業務データはクラウドに上げない」というポリシーでもってセキュリティを担保している。「将来はどうなるかわからないが、現時点での最適解、合理的な選択だと思っています」(山際氏)。

Tresure Data Serviceの概要

パス解析、O20、そして顧客時間の拡大をめざして

 ビッグデータ分析に関してはまだ試行錯誤の日々だというが、MUJI passportをローンチし、Treasure Dataを採用したことで「最初の効果は出始めている」と山際氏は振り返る。リアル店舗への来店者数も増加しており、社内でも確実に分析の効果を体感する層が増えてきているという。一方で山際氏は「分析でもう一歩踏み込んだインサイトを引き出すところまでチャレンジしたい」と強調する。

 そのためにTreasure Dataに期待することは?――という質問に、山際氏は「パス解析をやりたいと考えています。そのための手伝いをしてほしい」と答えている。ある顧客の一連の行動――商品検索、購入、チェックインした店舗、ソーシャルでの発言、そうした流れをパスとして捉え、あるイベント(検索、購入、来店、コメントなど)が起こったときのフックは何だったのか、というところまで解き明かすセオリーを見つけたいという。

 「ファクトは揃ってきています。データもかなりの量になってきたし、データ間のひもづけもできてきました。準備は整っているのですが、あと一歩の踏み込みがまだ足りない。もし精度の高いパス解析が実現したら、ネットとリアルがO2Oで確実につながっていることが誰の目にも明らかになるだろうし、経営層にも大きなインパクトを与えるはず。小売ではいまだにKKD(勘と経験と度胸)がまかり通っていると揶揄されることもありますが、個人的には、とくに店舗経験者のKKDはそれほど間違っていないと思う。ただその粒度はもうすこし細かくてもいい。KKDで土台にした仮説をパス解析で確かな事実に変えていくこともできるはず」(山際氏)。

 かつて小売の世界では「レシートの数=顧客数」という意識が強かった。まずは顧客数を増やすことが先決で、リピーターを増やすといった施策は後回しになりがちだった。だがその常識は大きく変わったと山際氏は強調する。いまや“誰が”の部分をないがしろにすることは小売の世界では許されない。「年に4回来店してくれればロイヤルカスタマー」(山際氏)と言われていた時代は終わり、顧客のひとりひとりに寄り添う事業展開が求められている。

 目指すのはより多くの顧客のリアル店舗への誘導、そして顧客時間の創出と拡大――良品計画のビッグデータ分析によるチャレンジは、変わりゆく小売業界の未来を占う試金石といえるかもしれない。